暖かくなってきた。昨日、旅行の話を書いていたら旅がしたくなってオンボロジャケットを引っ張り出してバイクに乗った。今まで十数枚レザージャケットを買っているが、こいつだけはお気に入りで、中国や欧州、沖縄でも着て走った。もう人生の半分以上をこいつと過ごしている。
 18歳の時、受験に失敗して大学を諦めアメリカでビジネスしようと試験の2日後から夜勤バイトをして貯金しアメリカに渡った。足代わりに憧れのKawasaki Z1000を手に入れた。俺と同じ年に生まれた18年物だった。ヘルメットのいらないアメリカの大らかさが肌に合っていた。
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このジャケット(1996年 事故の大怪我回復後 横浜にて)

 そこで知り合った30代のビジネスマンから言われた事が今も心に残る。
「バイクに乗る前に、日本に残してきた親や大切な人の事を思い浮かべろ。そしたらノーヘルにTシャツでバイクに乗れないはずだ!」と言って、革ジャン、グローブ、ブーツを着けるように説教された。それから、どんなに暑い砂漠でも、上記の4点セット(時に革パンツ)は着けて走った。いつの間にかその人の歳を超えてしまった。

 その時にメキシコで買ったこのライダージャケット、何度も命を守ってくれた。アメリカを回ると、自然公園などでは突然動物が出てくる。夕方視界が悪くなりかけた頃飛び出した動物を避ける為、急ハンドルで何とか衝突は避けた。横倒しになって火花をあげなから滑っていくバイクを追いかける様に、スピードに逆らわず滑り転んでいる間も厚手の牛革は私を怪我から守ってくれた。
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長江750(1994年 北京)

 横浜の大学に通う時も、無茶な運転で何度も救急車に乗る羽目になった。メットが脱げて、前歯全てと顔面の骨が7か所折れ全治1年の怪我をした時も、体だけは無傷だった。代わりに色んな所がこすれ、色が剥げているオンボロジャケット。愛着があって、引っ越しの度に他の服などは捨てたがこいつだけは持ってきた。中国の古いサイドカー長江750や北京に初めて持ち込まれたGPXに乗っていた時も着ていたから捨てられず、重くて送料だけでも結構するが捨てられない。一緒に怪我して旅した相棒だから...。


*貧乏旅行でアジア各国を回った。旅行記を雑誌に連載していた1998年頃は、中国全省を鉄道で回っていた。記憶が薄れないうちに偶然西の端で再会した全土を歩いて回っていた中国人の事について、いつか書こうと思う。思い出のラオスやカンボジアの旅の事も...。