1月15日と言えば、《成人式》…と私達の世代は思ってしまうが、学生から古い世代と言われてしまう。実家のウェブサイト作成前に管理しはじめたFacebookのページにも最新デザインの振袖を紹介しているが、この髪型、メイク、和装小物、着付けまで…まるで夜のお姉さま方かと目を疑うような…。どうなっとるんじゃ最近のファッションは??と言うようになったらおじさんの仲間入りだ。古い世代と言われても仕方ない。
その昔成人式に、紋付袴の羽織の下にライダージャケットの襟を出して、バイクで会場に行ったのは、紛れも無い自分で、羽織袴に襟無しシャツにブーツを合わせて明治を気取ったりもした。中学生の校内暴力が毎日の新聞を賑わせ、メディアには新世代は…と言われたが、それは我々の世代に限らず、いつの時代も年上からは「今時の若いもんは…」と言われ続けて来たのではないか?

最新振袖姿紹介→実家のFBページ
ファッションと言えば、昨日東大の大学院の先生が、まる1日かけてコンテンツビジネスの公開講座シリーズで、クールジャパンと銘打ってファッションやゲーム産業の講義をしてくれた。留学生が半分以上を占めた中では、非常に入りやすい内容だったと思う。その中で、真面目に聞いているのは私が声をかけた日本人7名と他10名程。必須科目として参加している残りの9割程は、PCを持ち込みPPT作成や写真編集、チャットやドラマ・映画を見ているものもいる。階段式の座席なので、前に座っている学生のPCが丸見えで、見たくなくても目に入る。
これも、授業を真面目に聞いていなかった学部生時代を思い浮かべると、「今時の学生は...」等とは口が裂けても言えないが、“大学院生”である(私でも院生時代は唯一の日本人として語学も遅れていた為、もう少し真面目に聞いていた)。外国人が日本を知る上で非常に面白い内容の展開だけに勿体無い。講義合間のコーヒーブレイクでは先生を囲み話すが、難しい話をしない気さくな若い方だ。「自分たちだけ独り占めするのは申し訳ない」と、他の学生たちに勧めても中々自分たちだけでは話しに行く風でもないので、一緒に行って焚き付けると少しずつ話しはじめる。
先生が悪い訳でも、学生達が悪いわけでもない。学校側も会場や数回の休憩準備、講義内容の選択や講師の手配など一生懸命準備されていると思う。残念ながら設備が良すぎて、映画館程の大劇場の各席にはPCを置ける台と電源、ネット接続がついており、その1-2割しか座席が埋まっていない事は、返って白熱教室とは程遠くなってしまう。他の学生も聞きに来れば良いのに…、土曜日に強制でもしない限り学生は寄り付かない。一般公開しているだけに、私だったら商工会議所や市区役所、知人のセミナー関連を手がける会社に呼びかけるのだが…。
(就活困難時代に、コーヒーブレイクを利用して《三方良し!》と。)
この大学院は、8割が留学生で日本人は2割程度と言う。同じクラスでも日本人との交流は少ないようで、日本の友達が殆どいないと言う。年越しなどもそうだったが、こんど節分やイベントに一緒に行こうか?と言うと、喜んで参加したいと言って来る。皆非常に真面目で、仲良くなり遊びながら学ぶと“学び問おう”とする姿勢を表に出してくる。言いだしっぺがいないだけで、その本質は皆、素直で自分を成長させたいと思っている。
社会が悪い、学校が悪いと人のせいにしていた中高時代と違い、自分次第と判り始め、勉強と違う学問を知る大学時代。社会に出て好き嫌いを言えず自分と組織の損得の鬩ぎ合いの中で更に学ぶ。そしてもう一度学び問いたいと思う時に、欧米程ではないが門戸を広げはじめた日本。そこで好き嫌いや損得を超えた善悪で価値判断をする魂を磨く場“大学”を提供でき、21世紀に本当に必要な人財を創って行けるかが、試されている。
受験“勉強”で学ぶ場を先延ばしにした日本流学力社会。大学が遊ぶ場所と就活時間とに成り下がり、外交戦略も人材育成も企業任せにしてしまった社会。その後、企業研修や社員教育を削減した会社。日本人は何処で学ぶの?「学ぼうとすれば、道先でもトイレ掃除でも学ぶ事は山ほど見つかる!」確かにその通りだ。その切っ掛けさえ示せば自ら伸びる(それが先輩から学んだ我々の使命...)。20年前に感じたことだが、小学校と大学が“今”更にもう一度見直される時が来ている…。

その昔成人式に、紋付袴の羽織の下にライダージャケットの襟を出して、バイクで会場に行ったのは、紛れも無い自分で、羽織袴に襟無しシャツにブーツを合わせて明治を気取ったりもした。中学生の校内暴力が毎日の新聞を賑わせ、メディアには新世代は…と言われたが、それは我々の世代に限らず、いつの時代も年上からは「今時の若いもんは…」と言われ続けて来たのではないか?

最新振袖姿紹介→実家のFBページ
ファッションと言えば、昨日東大の大学院の先生が、まる1日かけてコンテンツビジネスの公開講座シリーズで、クールジャパンと銘打ってファッションやゲーム産業の講義をしてくれた。留学生が半分以上を占めた中では、非常に入りやすい内容だったと思う。その中で、真面目に聞いているのは私が声をかけた日本人7名と他10名程。必須科目として参加している残りの9割程は、PCを持ち込みPPT作成や写真編集、チャットやドラマ・映画を見ているものもいる。階段式の座席なので、前に座っている学生のPCが丸見えで、見たくなくても目に入る。
これも、授業を真面目に聞いていなかった学部生時代を思い浮かべると、「今時の学生は...」等とは口が裂けても言えないが、“大学院生”である(私でも院生時代は唯一の日本人として語学も遅れていた為、もう少し真面目に聞いていた)。外国人が日本を知る上で非常に面白い内容の展開だけに勿体無い。講義合間のコーヒーブレイクでは先生を囲み話すが、難しい話をしない気さくな若い方だ。「自分たちだけ独り占めするのは申し訳ない」と、他の学生たちに勧めても中々自分たちだけでは話しに行く風でもないので、一緒に行って焚き付けると少しずつ話しはじめる。
先生が悪い訳でも、学生達が悪いわけでもない。学校側も会場や数回の休憩準備、講義内容の選択や講師の手配など一生懸命準備されていると思う。残念ながら設備が良すぎて、映画館程の大劇場の各席にはPCを置ける台と電源、ネット接続がついており、その1-2割しか座席が埋まっていない事は、返って白熱教室とは程遠くなってしまう。他の学生も聞きに来れば良いのに…、土曜日に強制でもしない限り学生は寄り付かない。一般公開しているだけに、私だったら商工会議所や市区役所、知人のセミナー関連を手がける会社に呼びかけるのだが…。
(就活困難時代に、コーヒーブレイクを利用して《三方良し!》と。)
この大学院は、8割が留学生で日本人は2割程度と言う。同じクラスでも日本人との交流は少ないようで、日本の友達が殆どいないと言う。年越しなどもそうだったが、こんど節分やイベントに一緒に行こうか?と言うと、喜んで参加したいと言って来る。皆非常に真面目で、仲良くなり遊びながら学ぶと“学び問おう”とする姿勢を表に出してくる。言いだしっぺがいないだけで、その本質は皆、素直で自分を成長させたいと思っている。
社会が悪い、学校が悪いと人のせいにしていた中高時代と違い、自分次第と判り始め、勉強と違う学問を知る大学時代。社会に出て好き嫌いを言えず自分と組織の損得の鬩ぎ合いの中で更に学ぶ。そしてもう一度学び問いたいと思う時に、欧米程ではないが門戸を広げはじめた日本。そこで好き嫌いや損得を超えた善悪で価値判断をする魂を磨く場“大学”を提供でき、21世紀に本当に必要な人財を創って行けるかが、試されている。
受験“勉強”で学ぶ場を先延ばしにした日本流学力社会。大学が遊ぶ場所と就活時間とに成り下がり、外交戦略も人材育成も企業任せにしてしまった社会。その後、企業研修や社員教育を削減した会社。日本人は何処で学ぶの?「学ぼうとすれば、道先でもトイレ掃除でも学ぶ事は山ほど見つかる!」確かにその通りだ。その切っ掛けさえ示せば自ら伸びる(それが先輩から学んだ我々の使命...)。20年前に感じたことだが、小学校と大学が“今”更にもう一度見直される時が来ている…。
