中学受験をし,そのころ県内でも上位とされている
中学校に入った。
外部受験合格者は,クラスの1から2割ほどで,残りは
小学校からの持ち上がり。
というわけで,友達ゼロすでに6年間で
友だち関係が出来ている中にポンと入れられ
孤独との闘い&新しい環境に慣れる生活がスタートした。
昼休みは,友達もいなく,することなく図書室ですごしていた。
だけど,まあ別に苦ではなかった。
一人でいることも,嫌いじゃなかったのだろう。
さみしさは,あったような記憶もあるが。
そして,なんか陰口的なことも言われていたような気
もするが,まあ何とか過ごしていたそんなかんじだった。
一年生のとき
都市部から通う生徒が9割の中,かなり田舎の方から
毎日JRで20分かけて登校していた私だったが
とにかく都会の子の雰囲気になじめない日々だった。
その当時,ビビアンのハンカチが流行ったり
恋愛にウハウハしている雰囲気。
ビビアンウエストウッド(←あってる?)
のよさもわからないし,恋愛も興味がない。(笑)
そのハンカチを見せて盛り上がっている。
意味が分からない。
「それ,だれのお金で買ったの?」
的な感じで。暇だね。と本気で思っていた。
今時な子たちのことを周りで何となく見ていた
田舎の子という感じだった。
一年のときは,学力が全体でも上から三分の一180番あたりだと知って
今まで大体学級の上位にいた私は,井の中の蛙だったことを知り
朝から晩まで勉強に明け暮れる日々だった。
もちろん学力を身に付けるために国立中学に入ったし
毎日お弁当を母が作り駅まで送り迎えをしてくれている
その母親の努力を水の泡にしたくない。
という思いだけでとにかく朝6時から
夜は24時までご飯とお風呂以外は
勉強づけの日々だった。
部活なんて学力つけるための邪魔にしかならないと思っていた
し,通学時間もあるのでもちろん3年間帰宅部。
学校と塾と家と勉強の日々だった。ここから
6年間の本当に「勉強だけの日々」が始まる。
今思うと勉強だけに集中できたこの時間は,私にとって
一番幸せな時間だっかもしれない。
田舎出身で,体力だけは都会の子に負けないので,運動会で
色別リレーに帰宅部なのに出たことは,今でも可笑しいなと思う(笑)
友だちもいない
勉強だけの日々だったが,
まあ勉強が好きだったし
塾に行けば小学校のときの友達とも会えるので
ストレスもありながらも,まあ何とか一年すごしていた。
そして,2年生になる。
そこで生まれてはじめて,大きな病気にかかることになる。
次回
【教育と私⑦】
中2にして。。。と中学校の先生に対する違和感
に続く。。。