広汎性発達障害の主婦日記。 -5ページ目

広汎性発達障害の主婦日記。

毎日の出来事、マイペースに更新です。




久しぶりに母と大喧嘩して
長文のLINEがきて 
私も言いたいことがあった。

でも言えなかった。


私は人よりも苦手なことが沢山あるから
工夫してやったり無理して頑張ったり
諦めて折り合いをつけて生きていかなきゃ
私は生きていけないということ。

そうやって生きてきたから
新しいことを始める時には
かなり慎重に考えすぎなほど考えて
行動しなきゃいけない。


そうじゃないと何かあったときに対応できない。


こういうのは
母みたいな普通の人には一生わからないよと
ハッキリ言ってやりたかった。


私がどんな思いで生きてきて
いろんな失敗やつらい思いをしながら
うつっぽくなりながら落ち込みながら
ずっとずっと。

じゃあ次はこう対処しようって
膨大なエネルギーを消費して
子供の時は母に否定されながら
私の話は聞いてくれなくて
受け止めてもらえなくて
そんな中必死に一人で
この発達障害やうつを何とかしようと
生きてきたのがどんなにつらかったか。

どれだけ頑張ってきたか。



今もずっと子供がいる状況で
踏ん張って社会に適応しようと頑張っているし
極力自分の負担にならないように
家族に迷惑かけないように
頼れるところは頼れるように
頑張っているし。


普通の人には小さなことでも
裏では泣きながら
しんどいしんどいって唱えながら
必死に毎日を生きている。



そういうのを
母にガツンと言ったことがない。


いや中学ごろに言ったことがあるけど
出来ないことは認めてくれない
受け止めてくれないから言わなくなった。



公共交通機関が苦手なら
近い高校に行けば良かったと言われたが
苦手だと気づいたのは通い初めて
毎日電車バスで気持ち悪くなってからで

あの時パニックかもって
母が真剣に考えてくれてたら良かったけど
当時母はただの人酔いだと簡単に片付けて
あれがパニックの症状だったなんて知ったのは
大学生の頃だった。


だから公共交通機関が苦手なのを
ハッキリ自覚したのが大学3年くらいの頃だし
大学生の頃には
気持ち悪くなることはなく乗れていたから

今でも乗れそうな雰囲気はあるけど苦手
極力乗りたくないみたいな位置付けで

わかってからはだいぶ避けてるけど

この複雑な感じわかる人にはわかるのかな?
でも普通の人には到底理解できないことだから

理解できなくてもいいから
否定はしてほしくない。


こうだったらこうすればいいとか
普通の人は簡単に言うが
それができるならこんなに苦労してない。


子供を何だと思ってるのか
子供が悩んでたら真剣に向き合うのが親であって
子供を否定して親の意見をぶつけたり
価値観が合わないからって急に怒り出したり
それは違うでしょと思う。