女が築いた時代(2) 源頼朝と静御前 ~ 由比ヶ浜 鎌倉 【東京・横浜探訪】 | 奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ

女が築いた時代(2) 源頼朝と静御前 ~ 由比ヶ浜 鎌倉 【東京・横浜探訪】

文治元年(1185)11月。
雪深い吉野の山。
・・・私はあなたの子を身籠っています。
吹きすさぶ風雪にかきけされんと静は、源義経に叫んだ。

義経と別れ、静御前は鎌倉の探索方に捕まり、鎌倉へと送られました。
義経捜索のためでしたが、義経の行方はようとしれず、静は都へ還されることとなります。
しかし身重であることが知られ、大事をとって鎌倉にとどまることとなったのでした。

やがて鎌倉に春がきます。
静は請われて、鶴岡八幡宮で舞を披露することとなります。
舞の奉納には北条政子の計らいもあったそうです。

文治2年(1186)4月。
満開の桜の鶴岡八幡宮で頼朝と北条政子の前で、舞うのでした。
しかし、所作ひとつひとつ、空を切るばかりで、手ごたえない。
床に手をつき、考える。
やがて、脳裏にあの日の吹雪の音がまきあがります。
どくん・・・全身に力がみなぎります。

再び、静は舞った。


 吉野山

  峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき

   しづやしづ

    しづのをだまき くり返し

  昔を今に なすよしもがな

会場は静まり返ります。
しかし、一人黒い炎をもやし静を見下ろす者がいました。
義経の兄・頼朝でした。

やがて近侍のものたちも色めき立っている。
今にも太刀をぬきかからんとする勢いです。
男たちの怒りを、掻き消したのは政子の一喝でした。
「わたしには、彼女の気持ちがよくわかります。」
良人を前に、政子は流人であった頼朝との辛い馴れ初めと、挙兵のときの不安の日々を語ります。
「私のあの時の愁いは今の静の心と同じです。
 義経の多年の愛を忘れて、恋慕しなければ貞女ではありません」
ふぅと頼朝は息をついた。
「政子にはかなわん。誰ぞ、あのものに褒美をとらせよ。」
と頼朝は破顔一笑した。

坐をたち、立ち去る間際、
「子を身籠っていると・・・」
ギクリと政子の顔が蒼ざめる。
「男子であれば、後の憂いとなりうるだろう。
 そのことは、己がいちばんよく知っておるからな。
 生まれてくる子が
男であれば、覚悟せよ。」



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由比ヶ浜
鎌倉時代、由比ヶ浜は、鶴岡八幡宮の前の浜という意味から「前浜」と呼ばれていました。


同年7月29日。
静は、出産します。男子でした。
その報せが頼朝の耳に届くや、頼朝の命を受け安達清常が、母子のもとにやってきました。

磯禅師が催促するが、静は生まれたばかりの子を衣にまといはなしません。
数刻に及び泣き叫んで抵抗しました。
しかし子は取り上げられます。
母子はわずかな対面のみで、今生の別れとなります。


・・・


由比ヶ浜を漕ぎだす舟に、母恋しと子の泣き叫ぶ声が響きます。


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そしてその声は、沖へとつづきます。

やがて、どぷん・・・と途絶えました。


それから2ヶ月後。

静は、北条政子をはじめとする女たちから大事にされ都へと旅立ったとあります。
その後、静の消息は諸説ありますが、定かではありません。





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ウキウキ!にぎやかな鶴岡八幡宮の秋祭り
1.女が築いた時代  源頼朝と池禅尼、北条政子、静御前






静御前、その後の行方は・・・

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