真実は時の彼方。漢国神社に伝わる徳川家康の鎧伝説 ~ 戦国 漢国神社
漢国神社での伝説に「桶屋と徳川家康と真田幸村
」があります。
慶長19年(1614)、大坂の陣(大坂冬の陣)の緒戦の頃。
徳川家康は、 木津の戦いで真田幸村に大敗を喫し、奈良まで逃げ込みます。
このとき漢國神社の前の桶屋にかくまってもらい、九死に一生を得ます。
大坂の陣を終えた後、家康は命を助けてくれた桶屋に沢山の褒美を与え、漢國神社に自らの鎧と兜を奉納したのでした。
【詳しくは「桶屋と徳川家康と真田幸村 」を参照ください。】
その鎧(復元)がこちらです。
漢国神社の境内にある社務所脇に展示されています。
本物は、現在、奈良国立博物館に保管されています。
兜はいつの時代かに破損し破棄されたとか。
破棄された兜がどんな形をしていたかは記録にはないそうです。
・・・
しかし家康が眞田幸村に大敗を喫し奈良に逃げ込んだなどと、
大阪の陣の戦史には、見受けられないお話のようです。
その点を禰宜の方に伺ったところ、
「そういいはる人も多くいらっしゃいます。
だけど実際に物が贈られているんですね。
まったく否定はできへんと思いますよ。」
と穏やかに返されました。
おっしゃる通り、伝承として残された所以には、何かあるのでしょうね。
漢国神社 関連記事
桶屋と徳川家康と真田幸村
林神社:お菓子の神様「日本ではじめて饅頭を作った林浄因のおはなし」
白雉塚:元正天皇と白い雉
慶長19年(1614)、大坂の陣(大坂冬の陣)の緒戦の頃。
徳川家康は、 木津の戦いで真田幸村に大敗を喫し、奈良まで逃げ込みます。
このとき漢國神社の前の桶屋にかくまってもらい、九死に一生を得ます。
大坂の陣を終えた後、家康は命を助けてくれた桶屋に沢山の褒美を与え、漢國神社に自らの鎧と兜を奉納したのでした。
【詳しくは「桶屋と徳川家康と真田幸村 」を参照ください。】
その鎧(復元)がこちらです。
漢国神社の境内にある社務所脇に展示されています。
本物は、現在、奈良国立博物館に保管されています。
兜はいつの時代かに破損し破棄されたとか。
破棄された兜がどんな形をしていたかは記録にはないそうです。
・・・
しかし家康が眞田幸村に大敗を喫し奈良に逃げ込んだなどと、
大阪の陣の戦史には、見受けられないお話のようです。
その点を禰宜の方に伺ったところ、
「そういいはる人も多くいらっしゃいます。
だけど実際に物が贈られているんですね。
まったく否定はできへんと思いますよ。」
と穏やかに返されました。
おっしゃる通り、伝承として残された所以には、何かあるのでしょうね。
漢国神社 関連記事桶屋と徳川家康と真田幸村
林神社:お菓子の神様「日本ではじめて饅頭を作った林浄因のおはなし」
白雉塚:元正天皇と白い雉
