森鴎外 と正倉院 ~ 算命学と奈良歴史 奈良国立博物館 【再掲載】
現在、奈良では、正倉院展が開催されています。
毎度のことながら、人気を博しているようです。
さて、せっかくなので、ちょっと過去の記事で、正倉院展に携わったかの文豪の記事を再掲載です。
連動企画【算命学で見た、奈良・歴史上の人物とミステリー】
テーマは、森鴎外です。
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近鉄奈良駅から約800メートル。
東大寺、春日大社へと向かう途中に、奈良国立博物館があります。

(奈良国立博物館 本館)

(奈良国立博物館 東新館)
明治28年に宮内庁の達しにより帝国奈良博物館として開館しました。
明治33年に宮内省管轄で奈良帝室博物館と改称。
昭和22年には、文部省に移管し、現在の「奈良国立博物館」となりました。
大正6年に、陸軍軍医でありながら、文豪で名高い森鴎外こと、森林太郎(もり りんたろう)が帝室博物館(現在の東京国立博物館)の総長を務めます。
森鷗外、晩年の頃でした。
大正7年から10年まで、奈良に訪れて正倉院の開封に立ち会っていました。
奈良交通のバス通りのそば・・・

森鷗外が奈良に滞在した宿舎が、奈良国立博物館の北東隅にありました。
それが、ここです。

板の囲いと、門だけが残された四角い広場となっています。

そして、この門。

「鴎外の門」と呼ばれています。

もとは宿舎でした。
取り壊され、ただこの門だけが、森鴎外を偲んで残されています。
生来から好奇心旺盛な森鴎外は、正倉院が開かれる晴天の日には、倉の文物を読みあさっていました。
雨天の場合には倉を閉ざしていたので、寺社仏閣、旧跡を訪ねるなど奈良観光にいそしんでいたそうです。
奈良を巡り、その感動を「寧楽訪古禄」、「奈良五十首」などの歌でのこしています。
その一首が石碑に刻まれていました。
「猿の来し官舎の裏の大杉は、折れて迹なし常なき世なり」
また白毫寺(奈良県奈良市白毫寺町)を、
「白毫の 寺かがやかし癡人の 買ひていにける 塔の礎」
とよみ、他にも、
「奈良人は秋の寂しさ見せじとや社も寺も丹塗にはせし」
などなど、
奈良観光する自身のことを、このように歌っています。
「晴るる日はみ倉守るわれ傘さして巡りてぞ見る雨の寺寺」
実直すぎる歌は、無邪気とさえ思えますね。
丁度、私がこの門を訪れた時も、雨でした。
鴎外の門には、かつての主人(?)を偲んでか、番犬よろしく・・・

鹿さんがいすわっていました。
さて・・・
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連動企画【算命学で見た、奈良・歴史上の人物とミステリー】
第12弾 「森鴎外」
せっかく奈良にきたのなら、鴎外の門をみつけてみましょう!
(・_・ 三・_・)
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近鉄奈良駅から約800メートル。
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(奈良国立博物館 本館)

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明治28年に宮内庁の達しにより帝国奈良博物館として開館しました。
明治33年に宮内省管轄で奈良帝室博物館と改称。
昭和22年には、文部省に移管し、現在の「奈良国立博物館」となりました。
大正6年に、陸軍軍医でありながら、文豪で名高い森鴎外こと、森林太郎(もり りんたろう)が帝室博物館(現在の東京国立博物館)の総長を務めます。
森鷗外、晩年の頃でした。
大正7年から10年まで、奈良に訪れて正倉院の開封に立ち会っていました。
奈良交通のバス通りのそば・・・

森鷗外が奈良に滞在した宿舎が、奈良国立博物館の北東隅にありました。
それが、ここです。

板の囲いと、門だけが残された四角い広場となっています。

そして、この門。

「鴎外の門」と呼ばれています。

もとは宿舎でした。
取り壊され、ただこの門だけが、森鴎外を偲んで残されています。
生来から好奇心旺盛な森鴎外は、正倉院が開かれる晴天の日には、倉の文物を読みあさっていました。
雨天の場合には倉を閉ざしていたので、寺社仏閣、旧跡を訪ねるなど奈良観光にいそしんでいたそうです。
奈良を巡り、その感動を「寧楽訪古禄」、「奈良五十首」などの歌でのこしています。
その一首が石碑に刻まれていました。
「猿の来し官舎の裏の大杉は、折れて迹なし常なき世なり」
また白毫寺(奈良県奈良市白毫寺町)を、
「白毫の 寺かがやかし癡人の 買ひていにける 塔の礎」
とよみ、他にも、
「奈良人は秋の寂しさ見せじとや社も寺も丹塗にはせし」
などなど、
奈良観光する自身のことを、このように歌っています。
「晴るる日はみ倉守るわれ傘さして巡りてぞ見る雨の寺寺」
実直すぎる歌は、無邪気とさえ思えますね。
丁度、私がこの門を訪れた時も、雨でした。
鴎外の門には、かつての主人(?)を偲んでか、番犬よろしく・・・

鹿さんがいすわっていました。
さて・・・
算命学カウンセラー紅星くれないぼし先生の鑑定結果は如何でしょうか。
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第12弾 「森鴎外」
(・_・ 三・_・)
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