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いつもお読みくださりありがとうございます
先日 絵本作家のぶみさんのYouTubeをみて
うちに来た2匹の猫との出会いを思い返しました
うたたねの小次郎くん
物心ついたときから 家には猫がいて
季節が巡ると 何匹も増えていました
中でもお気に入りは
「みっけ」と呼んでいた三毛猫
こたつで一緒に丸まって寝ることもあって
ときどき練炭の熱で
毛が焦げていたこともありました
天井裏をダダダダーーッと
ネズミを追いまわす
リアル トムとジェリーの追いかけっこなんて日常茶飯事
家にネズミはいるけど Mr.Gはいなかったです
土地柄事情かもしれませんがね
なので Mr.Gは 都会に来て初めて見た
おっきなアブラムシという感じで
何がどうってことはありません![]()
当時はいわゆる”ソトネコ”なので
去勢なんて かわいそうでできないくらいに思ってました
勿論 今は違います
季節が巡るたびに 数匹増え
その都度 父が棄てに行ったりと
今考えればヒドイですが
小さい自分には 何もできませんでした
いなくなるたびに泣くことだけ
ある冬の朝の光景は
今でも忘れられません
五右衛門風呂だったので
薪をくべて燃やす炉の焚き口の扉前に
子猫たちが体を寄せ合って寝ていたのですが
冷たくなっていたのです
あまりに寒すぎて
残り火
が消えた後は
気温が下がり どんどん下がり
真冬だと 氷点下15度付近になる地域ですから
體を寄せ合っていたとて
寒さには敵わず 凍死していたのでした
数匹が死後硬直して固まってました
それを見て
謝っても謝っても足りない氣がして
さめざめと泣きました
自分が実家を離れるころには ついに飼い猫はいなくなり
隣んちの猫が闊歩し![]()
しかも家の中まで入ってきて
モグモグしていったり![]()
数年後 なぜか犬を飼うことになり
父親の知り合いから譲られた子犬リキは
うちに来て間もなく
ジステンパーに罹り
程なく死んでしまいました
小学生4年か5年だったと思うけど
ギャン泣きした記憶があります
さらに悲劇だったのは
亡骸を埋めた場所が
埋葬した日の夜に
何者かに掘り返され
穴だけになっていたこと
犯人は恐らくキツネだろうと言われたけれど
泣きながら埋めたはずの場所が
空っぽだった絵面が
信じられず 理解出来ず
悔しすぎて 言葉が出ませんでした
そこから数年
ペットがいない期間を過ごします
かつてはウサギ
がいたこともあったし
牛
だっていた
何かしらいたのに
いよいよ寂しくなった当時高校生だった妹が
どこかからシバの子犬をもらい
その子は逞しい番犬となりました
松五郎と名付けられ
明らかに「ドン松五郎」じゃないか!
パクったとしか思えなかったけど![]()
父親が嬉々として付けた名ですから
誰も文句言えず![]()
松五郎は果敢でした
トラバサミに掛かったタヌキに
戦いを挑んでいた!
あるときは 2日間くらい姿が見えなくなり
心配していたら
前足を引きずって歩いて戻ってきた
恐らく車に牽かれたかぶつかったか
よく帰ってきてくれたと思った
けど それ以降
白い軽トラックを見かけると
吠えて向かっていくようになったから
やっぱり ”敵”はそれだったんじゃないかと思う
すごいのは
Google Earth でみた
実家の写真に
庭で寝そべっている松五郎の姿が見事に映り込み
世界デビューしたこと![]()
3.11震災後の写真でしたので
今はもう見ることはできません
スカイツリー開業日
父が畑に向かった直後の
太陽がゆっくり地面を暖めだしたとき
静かに虹の橋を静かに渡った松五郎
ハンサム犬でした
![]()
・・とはいえ なんだかんだ言っても
ワタクシとしては
三つ子の魂じゃないけど
やっぱりネコが好きなわけですな![]()
一緒に暮らすのもネコがいい![]()
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話を戻すと
アニマルコミュニケーターの獣医師が
動画で言っていたのは
飼い主がペットを選んだわけではなく
ペットが飼い主を選んで産まれて来てるんだよと
そのフレーズだけで泣けてきます
都会での猫との生活の 初代ゴン太のときは
飼い主は最初 妹だったけれど
諸般の事情で私が引き受けることになり
彼のその後の生涯を共にさせてもらいました
本当に孤高の猫で 動じない猫で 優しくて
あらゆる点で守られていたなと 今でも思います
ミックスなのに 見た目がノルウェイジャン
長い毛に 美しい鬣 凛とした顔立ち
手間がかからない 賢い子で
19歳の大往生でした
来週命日だね

彼の死後 四十九日を過ぎ
しばらくは猫のいない暮らしを過ごしたけれど
やはり 喪失する悲しさよりも
一緒に生きることの面白さや 嬉しさ楽しさのほうが
勝ってしまったんです
保護猫ボランティアのサイトに
氣になる子がいました
カギしっぽのキジトラ
4兄弟のうち 最後に残っていた♂
その年のクリスマスの日に迎えたのでした
それが小次郎です

最初は ゴン太の生まれ変わりの子
という目線で 探していました
猫を失った人あるあるだと思います
姿が似ている長毛種の茶白
魂の輪廻を考えたら
誕生日がいつぐらいの子が確立が高そうだなとか
自分なりに調べたり 何度も足を運んで見に行ったりしたんです
けれど 同じ配色 同じ毛色 同じ長毛種には
どうしても巡り合わなかった
妥協したのか?と言われればそうかもしれないけれど
彼は大往生して 悔いがないから
もうこちらには来ないのかもなと思い
前から氣になっていた小次郎と
ご縁を結ばせてもらったということです
いつかは小次郎と喋れるようになりたいな
ということを
私のメンタルコーチに聞いたら
普段から意識的に会話をしたり
松果体のところから意図を送ってみたりするほかに
「小次郎君から あなたがどう見えているかの視線で
考えてみたり 会話のやりとりをしてみて」
とアドバイスいただいたので
早速実践中なのであります
が
未だ これか!! という閃きはありません
地味に続けていきます
今日もくっそ暑いですね!!!
参っちゃいますけど!!
どうぞ 水分塩分補給なさって
人もペットちゃんも 健やかにお過ごしましょう
本日もみなさまにとって素敵な一日になりますように
いつもお読みくださりありがとうございます
2026/7/11 シシが東京・渋谷に降臨しました
遠野巡灯篭木2026 at 渋谷
トオノメグリトロゲ
過去 地元開催だったものが
満を持して 大都会東京にて初開催
あの太鼓と しし頭の数々
持ってくんの大変だったべなー
新幹線さ積んだのが!?
そもそも トロゲ(灯篭木)というのは
初盆を迎える家のしるしとして
山から切ってきた木の先端に杉の葉をくっつけ
男性が亡くなったときは 白
女性が亡くなったときは 赤 の
布を垂らして 庭に立てる 木のこと
死者が家に帰ってくる印になるとされ
うちの祖父 祖母が亡くなったときの
初盆にも立てました
(参考リンク)
https://okenamay.exblog.jp/30449436/
遠野では伝統的な光景です
この”祭”が言わんとする トロゲとは
狼煙なのかな と思いました
この祭は 初演が2021地元開催
以降 昨年まで地元にて開催され
お客が現地へ出向いて行った形
逆となると 踊り手も
演奏隊も 一人二人じゃないからね
移動も含め準備大変だったろうなと思う
このトロゲで舞うしし踊りを担うのは
張山しし踊り保存会 と
板澤しし踊り保存会 が主体
わたしが上京するまで舞っていた団体とは異なるけども
ししが見られるってだけで
わたしはテンション上がる
実は 遠野の人口のほとんどが
何かしらの民俗芸能経験者
といっても過言ではない
なにしろ
しし踊りだけじゃなくて
田植え踊りもあるし
南部囃子もある
神楽も さんさ踊りも
だから 伝統芸能の遠野
家の近くのしし踊り団体に属したら
男児は いずれはししをかぶり
女児は 手踊り 刀掛けまで極める
市内だけで10以上しし踊り団体があって
拍子も 踊りも 全部違う
けど 大元に流れるものは同じだと思っている
だから だいたい踊れる
八幡宮の例大祭では
地元民は演者のほうが多くて
沿道の客のほうが少ないかも現象が起こる![]()
ともあれ 話を戻して不思議だったのは
会場にいた男性客たちが
なぜかみな 俺ら昔、しし被ってました
の人に見えてきたこと![]()
しし踊りは 幕踊りと言われる
幕=まく とは前掛けのような布のこと
しし頭は 木材で作られ
それぞれ「紋」が彫られている
鬣は ドロノキを削りだしたカンナガラ
顔は 鹿の目 龍の鼻 牛の角 キジの羽根
まさに霊獣
それが 渋谷で舞い狂う夏の夜
板澤しし踊りは 青い幕
アーティストとのコラボで
躍動感のあるししの柱掛け
張山しし踊りは 白い幕
頭と幕には 早池峯神社の社紋「剣九曜」を冠し
ゆったりしたリズムで荘厳に
しし が渋谷の街をオラオラ歩いたら
むちゃくちゃ面白かっただろうな! と
よこしまな氣持ちもありましたが
いや絶対にインパクトあったと思うんだけど!
東京で見られた感動と言ったらもう最幸でした
プロデュースされた富川氏自体が
遠野へ移住された方で 盛り上げている第一人者
今回 張山しし踊りでししを被っている男性たちは
3人とも移住された方々なのだそうだ
有難いなと思う
確かに 遠野という地域自体が
過疎の限界地域といってもいい場所ではあるだろう
年々人口は減少し
若者は都会に憧れ 一度は故郷を出てしまう
たいていの踊り手たちは
外へ出てしまうから 担い手不足なのは
どの団体も同じ
けれども 残った人たちの創意工夫で
受け継がれ続けているし
遠野という場所が好きで移住してくる人たちも
一定数いるおかげで
継承の担い手となってくれているのだ
コロナ明けの ここ数年で
都会から地方へ移住される方が増えていると思う
憧れの二拠点生活始めました!とか
よく聞くし
関東からだと人気なのは 長野あたりかな
場所はどこでもいいんだけど
せっかく 田舎との接点ができたのなら
地域の伝統文化に浸かってみてほしいのです
どこ行っても 祭はあるじゃないですか
神輿でもいいよ
地域の神様と一緒に盛り上げようやーって
そんでみんなでご加護に感謝して
いい循環が生まれればステキですよね
笛・太鼓のシンプルな和の音色に
アーティストの作る電子音を乗せることへの懸念というか
どうなんだろな・・みたいな感じが
最初はあったのですが
伝統芸能への配慮とリスペクトが感じられ
うまくミックスというか 調和されたものを
見せていただくことができて
安堵と共に 新しい体験をした喜びに
満たされました![]()
苦手という方もおられるみたいですが
新たな視点、取り組みなのだと思うし
形を変えても 根っこは曲げずに
継承していく姿なのかもしれないと思います
7月から9月が しし踊りの本番の季節
奉納舞、八幡宮の例大祭
後者は前夜祭が街中で見られますが
9月半ばというのは まぁ雨に見舞われやすいです
特に台風ね
祭に出る子は学校半休していいルールだったので
喜び勇んで休みましたけど![]()
雨でぐっしょぐしょになる 足袋と草鞋だけは
なんとも気持ち悪かった記憶があります![]()
なんか 足の指がふやけてたもん
ともあれ
遠野八幡宮の馬場で流鏑馬が見られたり![]()
市内全ての伝統芸能が
馬場めぐりするのを見られますので
ちょっと遠出して
遠野まで旅に出かけてみてください
カッパも待ってますから(たぶん)![]()
腹に響く太鼓の振動と
ししの躍動感に浸り
エネルギーチャージ完了!!
落ちた カンナガラは
神様のおしるしなので
無事に持ち帰ってきましたよ![]()
ご利益ありそう![]()
本日もみなさまにとって素敵な一日になりますように

発展や成功へ導かれる月
目標をしっかり定めれば、才能が開花するでしょう。
今月は発展や成功へと導かれる月となります。
一生懸命に取り組むあなたの姿勢が評価され、
協力を得られるはず。
提供元:Ameba占い館SATORI
いつもお読みくださりありがとうございます
少し遡ります
2026年6月21日 夏至 17:25
今年の夏至は特別だと 界隈では
騒がれていましたが
みなさんはいかが過ごされましたか?
わたしは
神奈川BUNTAIアリーナで開催された
さとうみつろうさんのピアノによる
「純正律カノン瞑想」に参加してきました
今回のタイトルは
「太陽の祈り」![]()
ただ聴きに行くというよりも
一つの祈りの場へ向かうような気持ちで家を出ました
有名なアーティストのLIVEではなく
瞑想会ですよ?
今までになかったと思います
みつろうさんご自身の講演以外ではね
会場へ向かう前に
まずは横浜の鎮守ともいえる伊勢山皇大神宮へ
前日に ふと思ったんです
太陽の祈りなら 太陽神へご挨拶して
「祈る前に整えよう」と


境内社に出雲大社が祀られていたので
天照系 出雲系 ともに
参拝出来てラッキーでした![]()
伊勢山皇大神宮で静かに手を合わせたあと
隣接する横浜成田山へ向かいます

成田山では 不動明王の炎に
自分の中に残っている不要なものを
焼き尽くしていただくような気持ちで参拝しました
(残念ながらお焚き上げの時間には合わずで)
そして引いたおみくじは——
なんと大吉![]()
![]()
単純な私は、もちろん嬉しい![]()
![]()
でも それ以上に
「今日は思い切って手放していいよ」
そんな背中を押されたような気がしたかな
今回の祈りの軸として決められていたテーマが
『何か一つ捨てること』
私が手放すと決めたもの
それは
『ない』に縛られる自分
お金がない
時間がない
知識がない
実績がない
まだ足りない
まだできていない
気づけば私たちは 持っているものより
持っていないものばかり数えてしまうことが多いです
でも 本当にそうだろうか
緑豊かな場所で育ち
先人たちから受け継いだものに囲まれ
弓と出会い
着付けを嗜み
たくさんの人々と出会い
たくさんのご縁に支えられて
今ここにいる
実はもう十分に受け取ってきたものがある
それなのに いつまでも「ない」を握りしめている
そういう古い自分に感謝して
ばいばい
新しい自分を生きるんだー
会場に入ると
そこには独特の空気が流れていました
ステージで光っているかのようなグランドピアノ
それは単なる「ライブ会場」ではなく
まさに巨大な祈りの場
みつろうさんのコミュニティで
同じシューマン共振の音を聴き
同じ配信を見てきた人たち
同じ言葉に励まされ
同じ問いを抱え 向き合い
同じ未来を願う人たち
いわば「同期」された仲間たちです
だからなのか
歌も
音も
沈黙も
歓声も
すべてが自然に一つになっていく
誰かが指示したわけではないのに
場全体が呼吸を合わせているような感覚
不思議でした
そして あらためて感じたことは
みつろうさんが本当にやりたいことは
子供たちが簡単に死んでしまう世界を終わらせる
世界から戦争をなくすこと
そのためにも
日本人が古来持っていた「祈り」を取り戻したいという思い
祈りとは
何かをお願いすることではなく
自分の在り方を整えること
感謝を思い出すこと
自然や人や見えないものとのつながりを思い出すこと
遠野物語も
目に見えないものと人とが
共存している世界
弓を引くとき
「息合い」が大切なことも
全部 繋がっている
昔の人たちは
山にも
川にも
風にも
命にも
ちゃんと祈っていました
そして祈りのある暮らしの中で生きていました
今私たちに必要なのは
新しい何かではなく
忘れてしまった祈りを思い出すことなのかもしれません
日本では 宗教に関して
とてもネガティブで 怪しいものだと
思い込まされて来た背景から
瞑想なんて怪しすぎると
以前の私も思っていました
オウムのことや
他の団体のことで事件になったことなどの
近年の印象も 良いイメージには
貢献していないから
宗教に結びつく行為と思われがちな
瞑想会なんて
知らぬ人達からしたら
やっぱ怪しい活動なわけですよね
だけど
そうじゃないことを知っている人達の
啓蒙や 影響力のある方々の
発信などで 徐々に
市民権を獲得して来たとも感じています
有名なアーティストのLIVEではなく
ただの瞑想会(純正律の演奏会だけども)に
5000人集まり講演出来る時代が
来たんだなぁと
不思議であり感慨深い氣持ちでした
帰り道
仲間とのご縁に感謝しつつ一献 ![]()
![]()
ほろよいななか 胸に残っていたのは
静かな余韻と覚悟でした
「ない」を生きるのではなく
「ある」で生きている自分
改めて まずは感謝から
そして 自分にできる祈りを続ける
そんなことを改めて心に刻んだ一日でした
太陽の祈り
それは空の太陽に向けた祈りではなく
私たち一人ひとりの内側にある光を思い出すための
祈りだったのかもしれません
アーカイブ残ってるの すごい
7.95hzを冬至まで聴いて
周波数上げていきますよー
新たなる5人活動も始まるし
楽しんで行こうと思います
本日もみなさまにとって素敵な一日になりますように
いつもお読みくださりありがとうございます
何度か大甕神社(おおみか)が夢に出てきて
行かなきゃ。。行かなきゃ。。と思ってから
早2か月・・・
夏越の大祓の前に ようやく上がることができました

2つの台風
が本格的に関東横断する前日
行く途中も 行ってからも
有難さを感じることに遭遇したもんで
良い時間を過ごせました![]()
今回は
「ミカ」がキーワードになってたんですよねぇ
でも 大天使ミカエル様 でも
武甕槌大神でもなくて
大甕(おおみか)神社の
甕星香々背男(みかぼしかがせお)神が
脳裏に残ってました
・・・ちなみに 私の中では
武甕槌大神は だいぶイケメンなイメージです![]()
大甕神社には 年に1度上がらせていただいていますが
この時期に来たのは 初![]()
2026年前半のご加護に感謝し
”水無月の 夏越の祓する人は 千歳の命 延ぶというなり”
と唱えながら
雨に濡れていたものの
立派な夏の茅の輪をくぐれて
本当にラッキー![]()
![]()
なんでそもそも大甕神社に惹かれるのか
って
改めて考えてみたら
武神の二柱が どうやっても御せなかった唯一の星神で
蝦夷の統領だったかもしれない神だから
それって 阿弖流為!? とかね
ロマンが広がるわけですよ・・・

そしてこの めっぽう強いミカ男神を
するっと治めたのが 倭文神武葉槌命なわけですけど
なんか 治め治められたというより
このお二人は カップルなのでは!?
と思ったりしてます
・・自分が勝手にそう思ってるだけなので 悪しからず
(武葉槌命は天手力雄命という見方もあるようです・・)
歴史って
いろんな思惑や意図によって操作されたかもしれなくて
正直 何が正解かわからない
そのとき自分が”そう思った”らそれでいいかなと
思うんです
まー そのうち 何もかも明るみになって
常識が覆るような日も来るでしょうから![]()
雨で濡れた鎖場を果敢に上り
岩山(宿魂石)の上にある本殿にも参拝できました~
滑らなくてよかった~![]()
大満足![]()
紙垂がゆらゆらと歓迎してくれたり
放し飼いの東天紅鶏が美声を響かせてくれたり
辿り着くまでのミラクルも思うと
歓迎してくださってたかなって 嬉しかったです
・・・到着するまでのミラクルの話・・・
ちょーと車のスピードを上げてたわけです
颯爽と
勢いよく
気が付いたら
猛烈な勢いで追いかけてくる![]()
赤いチラチラした光を搭載した車!!
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グィ~~っとブレーキを踏むと同時に
車線変更!!!
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サイレンなし!!![]()
お声掛け なし!!!![]()
追い越していったわね!!!!![]()
おとがめなしでいいんですね!?!?!
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ヤっばーーーーー
超焦ったぁぁぁぁぁぁ![]()
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はい そこから優良ドライバーに変身したけども
あれか?
9秒ルールに抵触しなかったーーー
ってこと?!たぶん?!
奇跡・超ラッキー
ありがとう~~![]()
![]()
さて 次は一度行ってみたかった
皇祖皇大神宮 へ向かいます
大甕神社から北へ小一時間くらい
でも
その前に腹ごしらえすっぺ~
渋い入り口![]()
ワタクシは特大ホッケ定食を選びまして〜
もう~肉厚でジューシーで 大満足![]()

友人は モリモリ天ぷら定食
ボリュームやばし![]()
はぁ~食った食った〜![]()
んじゃ 行きますか!
ずっと雨は 柔らかく
降ったりやんだりを繰り返している
時折晴れ間も覗いて
けど 湿度が異様に高くって
台風前なんだなって感じの一日
![]()
皇祖皇大神宮は 少し前に
TOLAND VLOGのサムさんが
竹内文書に縁があると訪れていた動画をみて
とても興味を持った神社でした
モーゼやイエス・キリストまでもが修行した
全ての神々を祀る神社
”はるか昔、宇宙が創造され
日本の天皇(スメラミコト)の祖先が
地球に降り立ったころからの
天地身一大神をはじめとする
天神七代、上古二十五代、不合朝七十三代
そして神武朝の現在までの代代の天皇
皇后を合祀したお宮”
とある
・・こう言ってはなんだけど
由緒の割に 小さな神社だなぁと思ったのが本音
しかし 雰囲気がなんとも独特というか・・
特に
森の奥の本殿の雰囲気が濃ゆい
本殿左下の洞窟には
懸族四社
(護法守天空神、稲荷福主王神、赤池白竜神、五色商運神)が
祀られている
宇宙創成から
元をたどれば 世界の神は一つだった
という歴史 つまり
世界の天皇だった
日本だけの天皇になったのは
神武天皇以降
宗教感の異なる 特に狂信的な人たちには
到底そんなことは受け入れられないだろうし
国内にも ”都合の悪い”人たちはいたでしょうから・・
だからこそ
密かに しかし 確実に守ってきたことの
重みを感じずにはいられない
選民意識とかはないけど
日本が世界のお手本になると
いわれていることを鑑みると
やっぱり 日本の文化や礼儀は
誇らしいものだなと思うのです
誰が何と言おうと
他国の人間に 火をつけられたり
蔑まれたりすることが
あってはならない!!
そんな思いを抱いた参拝になりました
帰路は東京 つまり台風に向かうので
ザン降りでした~
2社とも 参拝が終わると降る という感じで
ご加護いただいていたなと思いました
早いもので 2026年も半年が過ぎました
今がちょうど ”捨て活”する良い時期です
古い考え方や固定概念
「ない」へのフォーカス
全部に感謝して 捨ててしまえ
ステキな夏越の大祓 お過ごしください
本日もみなさまにとって素敵な一日になりますように
いつもお読みくださりありがとうございます
弓道場に行ったら
砥草が置いてありました
高段の先生からの差し入れで
皆で使えとのメモが・・・
てか 砥草ってなに??木賊とも書くみたいですけど![]()
弓弽についたギリ粉を落とすための植物で
天然のヤスリなのだそうです
でも雑草ではなさそうな・・
別名が「ハミガキグサ」と言われるくらいなので
研磨性があるんですね
・・・知らなかった
”音楽家の瀧廉太郎は身だしなみとして常々トクサで爪を磨いていた”
(ウィキ情報)
はーるーこぅーおーろーぅおーのー![]()
なるほど
目の粗いヤスリではないのだね
なるべく乾燥させたもののほうがよいとのことで
いただいたのは 乾燥したものと
半乾きのものを1本ずつ
でもどちらとも
手触りは 目の細かい細かいヤスリって感じ
爪に当てるにはちょと弱めかな
右側の茎みたいなのが実物

ぶっといのに親指が入り
人差し指 中指の三指が弽の中
(これは三つ弽です)
中指にギリ粉を少量降り落とし
親指と擦り合わせて馴染ませる
ギリ粉って サラサラなんだけども
手入れがヌルいと
だんだん弓弽にへばり付くんですよ
原材料が松脂なので
精製過程で多少なりとも残った油分なのかと
指の側面の黒染みがそれデス

隙あらばすぐクンクン→カジる君
それはさておき
弓道場で会話したマダムに
「わたしにとって”とくさ”といえば 十種の神宝なんですよねぇ」
と話しかけたら
「えっ?!知ってるの?石上神宮!私会員なの!」
と嬉しそうにおっしゃる
いや・・会員になるほどの熱心さはないですけども![]()
あそこは宇宙との繋がりがある神社だそうなので
と つい口に出したら
「あら!そういうの好きなの?!
うちの旦那、超常現象研究家なのよ!」
え゛え゛っ?!
マジか・・・お会いしてみたい・・
という流れが 夏至前日
その女性とは もう3年くらいお互い知っているけれど
こんな話をしたのは初めてだったので
改めて不思議な出会いだなぁと
思ったのでした
発掘していないだけの人間関係って
実はもっとあるのかも知れませんね
そこからの”とくさ”深ぼり
読み方が一緒なんだから 遠からずの縁があるのでは?
という仮説からできた
古へ遡るお話
魂の曇りをこそげ落とす――カケに添える「砥草」の智慧
弓道場に響く弦音(つるね)の裏には
射手たちの静かな手入れの時間があります
取り出したのは
一本の枯れた解く「砥草(とくさ)」の草葉
彼らが向かうのは 弓そのものではなく
自らの右手を護る鹿革の「弽(カケ)」です
引くたびに積み重なるギリ粉と汗の黒ずみ
それを砥草の天然の繊維で優しく
しかし確実にこそげ落としていく
少しずつ革の本来の肌が蘇るその時間は
まさに射手の心を研ぎ澄ます
「心の禊(みそぎ)」そのものです
この「弽を磨く」という行為は
遥か古(いにしえ)の神話の記憶へと私たちを誘います
「十種の神宝」がもたらす 魂の蘇り
日本最古の神社の一つであり
物部氏の総氏神である「石上神宮(いそのかみじんぐう)」
ここに奉斎されているのが
絶大な霊力を持つとされる
「十種の神宝(とくさのかんだから)」です
弓の道具を摩る「砥草(とくさ)」と
神霊を宿す「十種(とくさ)」
この不思議な音の響きの重なりは
単なる偶然ではないのかもしれません
十種の神宝とは
魂の衰えを祓い
瑞々しい生命力を呼び覚ます
「鎮魂(たましずめ)」の宝物
射手が砥草を使い
カケにこびりついた黒ずみを削ぎ落とすように
神道においては
日々の生活で人の心に積もる「気枯れ(穢れ)」を
祓い清めることが重んじられます
弽を磨く一擦り一擦りは
自らの魂に付着した曇りを払い
十種の神宝が輝くような
「本来の清らかな心」を
取り戻す儀式でもあるのです
磨かれた手で 神域の矢を放つ
「正射必中(せいしゃひっちゅう)」
正しい心が伴えば 矢は必ず的に的中する
石上神宮の拝殿の奥
禁足地から湧き上がるような厳かな空気のなかで
かつての武人たちもまた
自らの道具を慈しみ
魂を磨いて神前に立ったことでしょう
砥草によって黒ずみを落とされ
清められた弽が
再び弓の弦をしっかりと捉える
道具を大切に扱い
自らの氣枯れをこそげ落とした手だからこそ
神聖な一射が生まれます
弓道という名の「動の瞑想」は
今も砥草の擦れる音と共に
石上神宮の深い森と
古の神々の記憶に静かに共鳴し続けているのです
本日も皆さまにとってステキな一日でありますように
1. 「太陽」と「神の使い」のシンボル
テントウムシは漢字で「天道虫」と書きます
これは太陽に向かってまっすぐ飛び立つ姿から名付けられたもので
太陽神(天道様)の使いとされています
お部屋に入ってくるのは
「あなたに高次元からのエネルギーや強い運気が向いている」
というサインです
![]()
![]()
2. 「二紋型」が持つ特別な意味
今回のお部屋のゲストは
黒地に大きな赤い丸が2つある「二紋型」です
陰陽のバランスと調和:
「黒(陰)」と「赤(陽)」が美しく融合しており
心身のバランスが整うことや
周囲との調和を意味します
「2」という数字:
スピリチュアルにおいて「2」は
「パートナーシップ」「絆」「信頼」を象徴します
恋愛運のアップや
仕事・プライベートでの素晴らしい相棒との出会い
人間関係の好転を暗示している
と言われています
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3. 大きな幸運や成功の前触れ
海外でも
「テントウムシが体にとまると願いが叶う」
「家に入ってくると財運が上がる」
というジンクスが有名です
特に黒ベースのテントウムシは
「停滞していた物事が好転する」
「これから右肩上がりに運気が上がっていく」
という力強いメッセージを持っています








































