産業心理学は、そのほとんどがY理論への忠誠を称する。
自己実現、創造性、人格をいう。
だが、その中心は心理操作による支配である。
その前提たるや、X理論のものである。
人は弱く、病み、自らの面倒を見られない
恐れ、不安、抑圧に満ちた存在である。
自己実現ではなく失敗を欲する。
支配されたがる。
従って、人というものは、彼自身の為に支配されなければならない
飢えの恐怖や物質的な報酬によってではなく、疎外の恐れや安定への希求によって支配されなければならない
確かに、これはX理論よりも進化している。
かつてのアメとムチはキメの荒い強制に過ぎない
しかしいかに進化したと言っても、これが支配であることに違いは無い
そのような支配は、進化していようと否とに関わらず、心理学の濫用である。
心理学によって人を支配し操作することは、知識の自殺である。
嫌悪すべき支配形態である。
かつての主人は、奴隷の肉体を支配する事で満足していた。
此処では、心理学の利用の適切さや道徳性は問わない
心理的支配の可能性についてのみ見てみよう
心理的支配は、マネジメントにとって魅力があるに違いない
それはマネジメントに対して、これまでと同じように行動してよいということ
必要なものは新しい言葉だけである。
しかも、それはマネジメントを良い気持ちにする。
ところが現実には、いくら心理学の本を読んでもセミナーに参加しても、この新しい心理学的X理論の採用にはなかなか踏み切れない
この用心深さは健全な本能による。
心理的支配が有効でないのは、200年前の啓蒙主義が政治的に有効でなかったのと同じである。
その原因も、同じである。
共に支配する側に万能の天才を必要とするからである。
心理学の言うところによれば、マネジメントはあらゆる人を熟知しなければならない。
あらゆる心理学的手法に精通しなければならない
部下全員に共感を寄せなければならない
あらゆる人の性格的構造、心理的欲求、心理問題を理解しなければならない
言い換えると、マネジメントは全智全能でなければならない
仕事の上の人間関係は、尊敬に基礎を置かなければならない
これに対して心理的支配は、根本において人を馬鹿にしている。
伝統的なX理論以上に人を馬鹿にする。
心理的支配は、人を怠惰で仕事を嫌う存在とは仮定していないが、マネジメントだけが健康で、他の者はすべて病的であると仮定する。
マネジメントだけが強く、他の者は全て弱いとする。
マネジメントだけが知識を持っていて、他の者は無知であるとする。
マネジメントだけが正しくて、他の者は全て馬鹿だとする。
まさに放漫で、馬鹿げた仮定である。