更に基本的なこととして、成果すなわち仕事からのアウトプットを中心に考えなければならない
技能や知識など仕事へのインプットからスタートしてはならない
それらは道具にすぎない
いかなる道具を、いつ何のために使うかは、アウトプットによって決められる。
作業の組み立て、管理手段の設計、道具の使用など必要な作業を決めるのは成果である。
これらのことは、これまで肉体労働についてのみ研究され、開発されてきた。
ほとんどの人が肉体労働に携わってきたからである。
生産性のほとんど全部が、肉体労働によって作られていた。
しかし今日、肉体労働は重要性を失いつつある。
今日では、肉体労働に対するのと同じアプローチ、コンセプト、原理を肉体労働以外の仕事に適用しなければならない
すでに肉体労働の為のものが、大きな修正なしに、情報の処理つまり事務の仕事に適用されることが明らかになっている。
サービスの仕事も、そのほとんどは、物を生産する仕事と大差ない
意外な事かもしれないが、肉体労働と同じアプローチ、原理、方法は、既存の知識の習得と応用という仕事にも適用できる。
肉体労働について体系的な方法論を適用できるかどうかが明らかでない唯一の分野は、発明や研究など新知識を生み出すための活動である。
しかし、適用できると信じるに足る理由はる。
事実、19世紀におけるもっとっも生産的な発明家エジソンは、体系的な方法によって、発明という仕事の生産性を上げた。
彼は常に、欲する製品を定義することから始めた。
次に発明のプロセスをいくつかに分解し、相互関係と順序を明らかにした。
プロセスのなかのキー・ポイントごとに管理手段を設定した。
そして基準を定めた。
今日のところ、我々は断片的な事例をいくつか手にしているにすぎない。
それらは、可能性を示すには十分で有っても、全貌を明らかにするには十分ではない
方法論というものに限界があることは言うまでもない。
作家としての具体的な仕事は方法論の枠内にあるとしても、ビジョンは方法論の枠外にある。
しかし科学上、もしくは産業上の新知識を求めるための組織的な探究の活動のほとんどは、そのような方法論の枠内に収まるはずである。