去る5月7日に19歳の愛犬が亡くなりました。

 

血液検査も問題なし!

肺と心臓の音も問題なし!

 

広いところに連れていくと数時間歩き回っていた!体力もまだまだある!問題なし!

 

ひょっとして25歳くらいまで生きられるかもねー!と話していた矢先の出来事。

 

フィラリアの薬を錠剤タイプだと口から出してしまうのでプロハートを注射した。

その日の晩から呼吸が荒くなり、立てなくなった。

 

3日後、うんちとおしっこを漏らして、その後、自力で立ち上がろうとして心臓が停止したのか、力尽きた。

 

もう私が代わって死んであげたかったよ、、、

 

愛犬はまだ生きられると思っていた。

 

愛犬はまだ生きたいと思っていた。

 

生きたがっていた。

 

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電車でウトウトすると愛犬の最後の姿が脳裏に浮かんでハッとして目を覚ます。

 

寝る前に思い出して呼吸が苦しくなる。

 

鼓動も速くなる。

 

ごめんね、ごめんね、ごめんね。

 

もっと豆腐屋さんで直接購入する美味しい豆腐を食べさせたかった。

 

もっと歩き回らせたかった。

 

もっと一緒にいろんなところに行きたかった。

 

もっと一緒にいたかった。

 

私が抱っこすると両足をピンと真っすぐにして、私の右手の平に両足を突っ張らせていた。

それが私と愛犬のお約束の抱っこだった。

 

19年も生きていると日本語が分かるようになっていた。

何を言っても理解していた。

これやって、ここに来て、そっちに行っちゃだめだよ、全部理解していた。

 

犬が病院を嫌がるのは本能的に死を察するからだろうね。

注射で痛い思いを何度もして、痛いことをする場所と記憶するのは勿論だけど、

何か本能で死を察していたような氣がする。

 

最後のかかりつけ医の説明も、

注射を打った刺激で亡くなったと、ほざかれて、

コイツに殺されたと思っている。

実際にゴールデンウィークで忙しくて休み明けに医者が体調不良で数日間病院が休みになっていたから。

医者に判断ミスされたと思う。

 

私は立ち直らないと思う。

そして立ち直れなくていいのだと思う。

 

なぜここまで愛犬を愛することが出来たのか。

恩があるから、だと周囲に話したが、違う。

愛犬を愛する理由に理屈なんて無かった。

ただただ愛していたから。

純粋な愛だけで愛犬を愛していた。

 

だから余計に失った悲しみは埋められない。