偽フランダースの犬 | 藤花のブログ 詩と

藤花のブログ 詩と

この胸に 湧き上がる気持ちを 言葉にして あなたに贈りたい

 
$藤花のブログ 詩と





  大聖堂の門はクリスマスイブの

  夜の集まりが終わった後も

  閉められていませんでした。

  ネロは 初めて大聖堂に入りました。







  パトラッシュは ネロの足跡を探しました、

  足跡は大聖堂の門から 白い雪を落して奥へ続いていました。

  その かすかな白い一筋に導びかれて、

  神々しい静かな堂内の広びろした円天井の下を通り、

  ルーベンスの画が 飾られた場所まで来ると、

  そこに倒れているネロを見つけました。

  パトラッシュは、よろめくように駆け寄って、

  ぴったりと顔を すり寄せました、

  ネロは 低く叫んで身を起しました。

  そして、しっかりと犬を抱きしめながら ささやきました。


「 パトラッシュ、可哀想なパトラッシュ。

  僕たち 一緒に死のうよ、

  世間の人は、もう僕たちには用がないんだ 」


  パトラッシュは 答えの代りに、

  ネロの胸に その頭を押しつけました。

  ネロとパトラッシュは 刺されるような寒さの中で、

  しっかりと抱き合って 横になりました。

  彼らが横たわっている 石造建築の広い内部は、

  冷えきっていました。

  ルーベンスの画の下に 彼らは横たわっていました。

  ネロは あまりの寒さに 体は痺れ、眠気が襲い、

  次第に 気が遠くなって行きました。

  そしてネロとパトラッシュは 

  空腹に衰弱し、血は寒さに凍りそうになり、

  今 死の淵にいるのです。





  突然 白い光が 聖堂の中に射し入りました。

  月の光でした。

  いつしか雪は降り止んで、雲間を逃れ出た月の光は、

  二つの名画を 照し出しました。



$藤花のブログ 詩と




$藤花のブログ 詩と







  この一瞬、ルーベンスの名画は

  月の光に 浮かび上がりました。


  思わずネルロは立ち上り、両手を画の方へ差し出しました。

  感極まった涙が、その青ざめた頬に あふれ落ちました。


「 見た、あぁ 僕は とうとう見たよ 」 


  と、ネロは叫びました。


「 あぁ 神さま もうこの上は 何もいりません 」


  足の力が尽き 膝まずきながら、

  なおも ネロは喰い入るように 荘厳な画に見入りました。

  月の光は 静謐な聖堂内を照らし 

  ネロの憧れのルーベンスの画を隅々まで

  はっきりと 示しました。

  しかし 月は雲に隠れ 堂内は再び 闇に包まれました。

  絵画に 差し出されていたネロの両手は、

  再びパトラッシュの体を抱きました。


「 あぁ このまま天国に いけたなら

  きっと 神さまの お顔が 拝めるだろう 」


  ネロの唇が かすかに動きました。


「 神様は 御慈悲深い 

  僕たちを お見すてにはならないさ 、、、 」









  夜が明けました。



  アントワープの町の人々は、大聖堂内に

  少年と犬の姿を見つけました。

  もう彼らは冷たくなっていました。

  さびしい夜の寒さは、若い命と、年老いた命とを、

  静かな眠りにつかせたのでした。

  クリスマスの朝が明け、神父たちが来た時には、

  ルーベンスの名画は 覆いをとられて、

  その偉大なる天才の筆の跡をあらわし、

  朝の光が、神の子の頭に置いた茨の冠を照らしていました。

  やがて、一人の男が泣きながらやって来て言いました。


「 わしは この子に、何という むごい扱いをしたのだろう。

  あぁ すまない すまない、罪滅しをせねばらなぬのに

  手遅れになってしまった。

  わしの娘の アロアの婿に なるべきはずの子だったのに 」



  有名な画家がやって来て 集まっている人々に言いました。


「 絵画コンクールで 本当の値打から言ったら、

  この子の絵が 選ばれるべきだった。

  あの夕暮の、倒れた樹に腰を下した老樵夫の画。

  あの画には 天才の閃きがあった。

  未来には きっと優れた画家になれる子だった。

  わしは 探し出して 

  その才能を 磨こうと考えていたものを 」




  少女は泣きくずれ、父の腕に すがりつきながら言いました。



「 ネロ いらっしゃいよ。支度は みんなできているのよ。

  あなたのために、仮装した子供たちが、

  それぞれに贈り物を手にしているし、

  笛吹きの お爺さんが、今 吹きはじめるところなの。

  あなたと 私は、このクリスマスの一週間、

  暖炉のそばで 過ごしていいんですって。

  クリスマスの一週間どころか

  いつまでいても かまわないって。

  ね、パトラッシュも うれしいでしょう。

  早く起きていらっしゃいよ、ネロ  」


  けれども、ルーベンスの画に向けたままの その顔は、

  口許に かすかな笑みを浮べたまま、


「 もう おそい 」 と


  周りの人々に 答えているかのようでした。



  ネロが 懸命に求めていたものを、

  今になって 初めてアントワープの人達が与えたのです。

  少年の腕は 離すことのできないほど

  しっかりと犬を抱きしめていました。

  ネロとパトラッシュは 遺体を安置するベッドに移され

  少女アロアの願いで 暖かそうな毛布を掛けられました。


「 ネロ、パトラッシュ、さぞ寒かったでしょう 、、、 」






「 少年と この犬は 一緒に葬ってあげましょうか 」


  神父が 言いました。


  
「 はい ネロとパトラッシュは いつも一緒だったのですもの 」



  少女アロアは 目に涙をため 言いました。


  彼女は ネロたちから 離れませんでした。


  大人たちは 葬儀の準備に かかっていました。









  日が昇り 聖堂に温かな光が差し込み、

  凍えるような寒さも和らぎました。

  少女はネロから 目を離すことができませんでした。

  どのくらい時間が経ったでしょう、
  
  少年の青白い顔に 少し赤みがさしているように見えました。 

  
「 ネロ ! ネロ ! 」


  少女が 叫びました。


「 お父様 お医者様を 呼んで ネロが 、、、 」














  少年は 息を吹き返しました。








「 ふ~む この子は おそらく低体温症で 

  仮死状態になっていたのでしょうな。

  室温が上がり 毛布を掛けられて 徐々に体温が上がり、

  息を吹き返したのです、

  犬と一緒だったので 厳冬の夜にも 

  かろうじて 生命が維持されたのでしょう 」

 
  医者は 言いました。




「 おぉ まるで クリスマスに奇跡が 起きたようだ、

  主が降架されて 三日後に復活されたように 」


  神父が 感慨深げに言いました。





「 ありがとう ありがとう 

  パトラッシュ、

  あなたは 命尽きるまで ネロを守ってくれたのね 」
  

  少女の目は涙で溢れました。




  パトラッシュは ネロの

  新しい未来に向かう姿を 見届けるように

  永久の眠りに ついたのでした。








     おわり