振り返りシリーズ。
やっとケンブリッジを案内します。
午前中は天気が良くなかったので、晴れ間の出てきた昼頃からスタート。
やはりベタなコースで。
・路線バスでシティセンターへ
二階建て最前列、見晴らしいいー。
・パンティング
天気が良かったので、乗っておきました。
数学橋ー
溜息橋ー
・キングスチャペルへ
あ、看板が入っちゃってる…
ちなみに写真禁止じゃなくて、フラッシュ禁止です。
脇にNO FLASHと書かれてます。
ここでも、ヘンリー8世とアンブーリンのロゴ探しに母を付き合わせたりしました。
・ティールーム、アンティーズでお茶
・セントメアリーチャーチへ
階段、昨日で懲りたかと思ったけど、
イーリーのよりは高さが全然ないということで、
頑張って昇りました。
・トリニティカレッジの林檎の木を見る
・路面店を覗きつつそぞろ歩き
・ラウンドチャーチへ
でもね、タッチの差でその日の見学終了時間になり、中は見られなかったんだな(笑)残念!
・水曜日で営業時間の長いジョンルイスに寄り、雑貨やオリンピックグッズなどを眺める
母はあのキモキャラ、一つ目小僧のウェンロックくんを気に入った様子。
別の日にぬいぐるみお買い上げしてました…。
この日の観光は以上でした!
【パンティングの豆知識】
クイーンズカレッジそばのパンティング乗り場は、ボート会社が二つありますが、
若いイケメン漕ぎ手軍団(制服あり)の会社は、呼び込みの子に値段を聞くと、まず
「ほんとはもっと高いけど学生割引にしてあげるよ」と一人14ポンドと言われます。
でも、「向かいは12ポンドだからなー」と迷うと、12ポンドになります(今回はこれ言うの忘れてた)。
でも他の中国人家族は一人10ポンドでチケット切られてて…
値切り失敗を悟った私は、なんだか負けた気がして(何に?)
そこでチケット買うのやめて、もう一つの向かいの会社にしました。そっちは12ポンドです。
こっちの方が人気ないというか商売っ気が少なく、こじんまりした舟になる確率が高い気がする。
漕ぎ手の熟練度は会社では特に違いないです。ガイドの量は漕ぎ手の人によって当たり外れはあり。
というわけで、
安く乗りたい人は、イケメン呼び込み担当に、
「私の中国人の友達は10ポンドで乗ったって言ってたよ?
え?彼女学生じゃないし、両親と一緒だったよ?」
と言えば、多分誰でも10ポンドにしてくれると思いますよ。
お試しあれ!
オリンピックに盛り上がってるロンドンですが、
ケンブリッジは何も開催地になっていないので、街中はオリンピックらしさ何も感じません。
テレビはね、BBCはオリンピック一色ですけどね。
今日はいとしのスイス出身フェデラー様が、イギリス人のアンディ・マレー選手に負けてしまった…
イギリス人は大喜びですけど、私はちょっと残念。
で、タイムリーさかけらもないですが、お母さん旅行振り返り編。
観光初日は、あんまりハードにならずかつ車がなくても行けるところということで、
電車で20分のEly へ。
おなじみの定番コースですが
・ティールームピーコックでお茶
・カセドラル見学
タワーツアー、通常のウェストタワーではなく、
この日は教会の中心部にそびえる八角形のランタンタワー部分に行けるということでした。
ただ、階段をひたすら昇るの、還暦の母には過酷だったみたいです…
ランタンてこれね。
上に見えるガラスの明かりとりみたいなの。
聖人か天使の絵が描かれた板は窓のように開きます。
見上げると
見下ろすと
こんな感じ。
あと外に出て、
イーリーの(田舎な)景色を一望できかつランタンの外側も見学できました。
あとは、下に戻って、レディチャペルへ。
みっしり飾られた聖人像たちの首がヘンリー8世のせいで全部丁寧に壊されてる中から
顔が残ってるのはないかなーと探して
これ半分残ってるよね!と見つけるのに母を付き合わせたりしました。
半日観光ですが、塔の階段に疲れた母はもうお腹いっぱいだったようで
家に帰って、でもご飯作ってもらいました

写真がたくさんあって、細切れになってしまう…
しばらく続きますがご容赦ください
ケンブリッジは何も開催地になっていないので、街中はオリンピックらしさ何も感じません。
テレビはね、BBCはオリンピック一色ですけどね。
今日はいとしのスイス出身フェデラー様が、イギリス人のアンディ・マレー選手に負けてしまった…

イギリス人は大喜びですけど、私はちょっと残念。
で、タイムリーさかけらもないですが、お母さん旅行振り返り編。
観光初日は、あんまりハードにならずかつ車がなくても行けるところということで、
電車で20分のEly へ。
おなじみの定番コースですが
・ティールームピーコックでお茶
・カセドラル見学
タワーツアー、通常のウェストタワーではなく、
この日は教会の中心部にそびえる八角形のランタンタワー部分に行けるということでした。
ただ、階段をひたすら昇るの、還暦の母には過酷だったみたいです…

ランタンてこれね。
上に見えるガラスの明かりとりみたいなの。
聖人か天使の絵が描かれた板は窓のように開きます。
見上げると
見下ろすと
こんな感じ。
あと外に出て、
イーリーの(田舎な)景色を一望できかつランタンの外側も見学できました。
あとは、下に戻って、レディチャペルへ。
みっしり飾られた聖人像たちの首がヘンリー8世のせいで全部丁寧に壊されてる中から
顔が残ってるのはないかなーと探して
これ半分残ってるよね!と見つけるのに母を付き合わせたりしました。
半日観光ですが、塔の階段に疲れた母はもうお腹いっぱいだったようで
家に帰って、でもご飯作ってもらいました


写真がたくさんあって、細切れになってしまう…
しばらく続きますがご容赦ください

もう8月になっちゃったけども。
振り返って過去のことを。
7月に、私の母(札幌在住)が一人で我が家に遊びにきてくれました。父を置いて(笑)
二週間のロングステイ、最初はまったり、最後はハードめになりました…。
母の海外旅行はこれが二回目。
かつ千歳発成田乗り換えは初めてだし、英語話せなくて一人で入国審査ってちょっとハードルが高い…
そのため事前にヒースロー突破までの説明書を渡しました。
(関係ないけどワード2010使うの初めてだったので楽しかったです、ハマるねこれ)
ただ、私の指示が細かすぎたために、
ANA国内線とヴァージンアトランティックは成田空港内で国際線乗継ぎ手続きがスムーズに行く提携をしてたのに、それを利用せず遠回りさせてしまいました、ごめんよ
心配だった入国審査も、しおりに書いておいた係員への英文メッセージをそのまま見せたら、しょうがないわねって感じで、英語話さなくても通してくれたそうです。
この日の入国審査は混んでて、到着から1時間半くらいかかったみたい。
実は私は当日友達とマンチェスターにいたので(ひどい)、お出迎えは旦那さん一人にお願いしました

夫と義理の母の二人きりというという微妙な一夜を過ごしてもらって、翌日夕方やっと帰宅した私。
で、さらに次の日から観光スタートです。
スケジュールはこんな感じ。手書きだけど。
次からは、旅のダイジェストを書きたいと思います~。
振り返って過去のことを。
7月に、私の母(札幌在住)が一人で我が家に遊びにきてくれました。父を置いて(笑)
二週間のロングステイ、最初はまったり、最後はハードめになりました…。
母の海外旅行はこれが二回目。
かつ千歳発成田乗り換えは初めてだし、英語話せなくて一人で入国審査ってちょっとハードルが高い…
そのため事前にヒースロー突破までの説明書を渡しました。
(関係ないけどワード2010使うの初めてだったので楽しかったです、ハマるねこれ)
ただ、私の指示が細かすぎたために、
ANA国内線とヴァージンアトランティックは成田空港内で国際線乗継ぎ手続きがスムーズに行く提携をしてたのに、それを利用せず遠回りさせてしまいました、ごめんよ

心配だった入国審査も、しおりに書いておいた係員への英文メッセージをそのまま見せたら、しょうがないわねって感じで、英語話さなくても通してくれたそうです。
この日の入国審査は混んでて、到着から1時間半くらいかかったみたい。
実は私は当日友達とマンチェスターにいたので(ひどい)、お出迎えは旦那さん一人にお願いしました


夫と義理の母の二人きりというという微妙な一夜を過ごしてもらって、翌日夕方やっと帰宅した私。
で、さらに次の日から観光スタートです。
スケジュールはこんな感じ。手書きだけど。
次からは、旅のダイジェストを書きたいと思います~。
こちらにきてから、
古代遺跡とか中世の建物を見たりする機会が多いので、世界史の知識がないことがたびたび悔やまれます。
例えば最近よく目にする
「ローマ帝国」
多分中学で習ってるはずだけど、何も覚えてなかった…。
ローマ帝国ってローマでしょ、イタリアでしょ、イギリス関係あるっけ?
って、こちらにくるまで思ってた私、恥ずかしい
多分中学で習ってたよね…。
(でもアジアの地方都市に住む海外旅行なんて行ったことも考えたことすらもない中学生に大昔のヨーロッパのある国の国境を覚えろって無茶な話ですよ)
ローマ帝国が一番ノリノリだった時代は、イギリスも含め、ヨーロッパから中東にかけてドーンと一つの国で、
イギリスはブリタニアという属州だったらしい。
ただイギリスというか、グレートブリテン島を丸ごと支配できたわけではなく、北の方、スコットランドのあたりは侵略できなかったようで。
天下のローマ帝国軍も手を焼くくらい、スコットランドのケルト族が強かったんでしょうね。
で、西暦117年から帝位に就いたローマ皇帝ハドリアヌスは、
ブリタニアのこれ以上の国境北進を諦めて、
向こうからも攻め込まれないよう、国境にでっかい壁を作ってしまえ!
と命じ、その結果、
東はニューカッスルから西はカーライルまで、118kmに及ぶ長い城壁を作ったんですって。
これ、ハドリアヌスの城壁とか、ハドリアヌスの長城と呼ばれています。
(ちなみにハドリアヌスって、『テルマエロマエ』に出てきた、ルシウスにお風呂を作らせるあの皇帝ですよ!)
2000年前に作られた壁なんで、ほとんど残ってないのですが、ところどころ今でも残っている、というわけで、
前置きが長くなりましたが、
ニューカッスルに行ったついでにこれを見てきました。
のどかな丘陵地帯にそれはありました。
(あ、紛らわしいけど、上に写ってる壁みたいのはそれじゃないです、近年作られたものw)
駐車場から結構離れてて、大量の羊のフンに気を使いながら丘を登ると
遺跡が現れます。
このハウスステッドってところは、城壁だけでなく、そこにセットで作られた城塞(軍隊が詰めて敵の攻撃に備えてる的なとこ?)の跡もみられるんです。
要塞本部とか、部隊長のお屋敷とか、病院とか、兵舎とか、共同風呂とかの基礎部分が残ってて、
「へえーここがトイレだったのか!」などと昔の様子に思いを馳せられます。
あっ!バースのローマン・バスで見たサウナと同じ感じ!
これ、部隊長のお家の床暖房跡なんですよ、贅沢ですね。
で、肝心な長城の跡はこちら
左に伸びてるやつ。
昔は高さ4、5m、厚さ3mとかだったらしいから、それに比べると頼りない感じ。
長い時代の間に風化したり、農民が自分ちの塀を作るために石を持ってっちゃったりしたみたいで。
(こっちの牧草地とか農地って、土地の境にわざわざ石を積んだ壁とかよく作ってますもんね。)
ここを見たあとは、お土産屋で売ってた絵葉書の写真の景色を探して、別のポイントへ。
えー、これ登らないとダメなの…
城壁の上は危険なので歩きませんけど、脇に徒歩用ルートがあります。険しいよ!
息上げながら、丘をしばらく歩き…
たどり着いたのがここ!
伸びる城壁と、多分砦か城塞の跡が見えますね。ふー。
しんどかったです。
しかしわざわざこんな田舎まで占領するとは…当時はもっと辺境の地だったろうに。
支配欲ってすごいな。
(そんな感想!?)
長くなりましたが、ローマ帝国時代のロマン、少し伝わったでしょうか
おまけ
結構寄れた羊!
古代遺跡とか中世の建物を見たりする機会が多いので、世界史の知識がないことがたびたび悔やまれます。
例えば最近よく目にする
「ローマ帝国」
多分中学で習ってるはずだけど、何も覚えてなかった…。
ローマ帝国ってローマでしょ、イタリアでしょ、イギリス関係あるっけ?
って、こちらにくるまで思ってた私、恥ずかしい

多分中学で習ってたよね…。
(でもアジアの地方都市に住む海外旅行なんて行ったことも考えたことすらもない中学生に大昔のヨーロッパのある国の国境を覚えろって無茶な話ですよ)
ローマ帝国が一番ノリノリだった時代は、イギリスも含め、ヨーロッパから中東にかけてドーンと一つの国で、
イギリスはブリタニアという属州だったらしい。
ただイギリスというか、グレートブリテン島を丸ごと支配できたわけではなく、北の方、スコットランドのあたりは侵略できなかったようで。
天下のローマ帝国軍も手を焼くくらい、スコットランドのケルト族が強かったんでしょうね。
で、西暦117年から帝位に就いたローマ皇帝ハドリアヌスは、
ブリタニアのこれ以上の国境北進を諦めて、
向こうからも攻め込まれないよう、国境にでっかい壁を作ってしまえ!
と命じ、その結果、
東はニューカッスルから西はカーライルまで、118kmに及ぶ長い城壁を作ったんですって。
これ、ハドリアヌスの城壁とか、ハドリアヌスの長城と呼ばれています。
(ちなみにハドリアヌスって、『テルマエロマエ』に出てきた、ルシウスにお風呂を作らせるあの皇帝ですよ!)
2000年前に作られた壁なんで、ほとんど残ってないのですが、ところどころ今でも残っている、というわけで、
前置きが長くなりましたが、
ニューカッスルに行ったついでにこれを見てきました。
のどかな丘陵地帯にそれはありました。
(あ、紛らわしいけど、上に写ってる壁みたいのはそれじゃないです、近年作られたものw)
駐車場から結構離れてて、大量の羊のフンに気を使いながら丘を登ると
遺跡が現れます。
このハウスステッドってところは、城壁だけでなく、そこにセットで作られた城塞(軍隊が詰めて敵の攻撃に備えてる的なとこ?)の跡もみられるんです。
要塞本部とか、部隊長のお屋敷とか、病院とか、兵舎とか、共同風呂とかの基礎部分が残ってて、
「へえーここがトイレだったのか!」などと昔の様子に思いを馳せられます。
あっ!バースのローマン・バスで見たサウナと同じ感じ!
これ、部隊長のお家の床暖房跡なんですよ、贅沢ですね。
で、肝心な長城の跡はこちら
左に伸びてるやつ。
昔は高さ4、5m、厚さ3mとかだったらしいから、それに比べると頼りない感じ。
長い時代の間に風化したり、農民が自分ちの塀を作るために石を持ってっちゃったりしたみたいで。
(こっちの牧草地とか農地って、土地の境にわざわざ石を積んだ壁とかよく作ってますもんね。)
ここを見たあとは、お土産屋で売ってた絵葉書の写真の景色を探して、別のポイントへ。
えー、これ登らないとダメなの…

城壁の上は危険なので歩きませんけど、脇に徒歩用ルートがあります。険しいよ!
息上げながら、丘をしばらく歩き…
たどり着いたのがここ!
伸びる城壁と、多分砦か城塞の跡が見えますね。ふー。
しんどかったです。
しかしわざわざこんな田舎まで占領するとは…当時はもっと辺境の地だったろうに。
支配欲ってすごいな。
(そんな感想!?)
長くなりましたが、ローマ帝国時代のロマン、少し伝わったでしょうか

おまけ
結構寄れた羊!
サッカー観戦のためにきた街、
ニューカッスル・アポン・タイン
(ニューキャッスル、と書く本もあり)
タイン川の上の新しい城…という地名。
2000年前のローマ帝国の時代には、この地が国境の北限で城壁が築かれ、
11世紀にはウイリアム制服王が北の軍事拠点としてお城を築いたそうな。
とはいえ城はほとんど残ってなくて、そんなに派手な観光スポットはないみたい…
でも、車でこの街に最初に入ってきたとき、坂が多くなんだか複雑な街並みと、大きなタイン川にたくさん橋がかかってる景色がユニークで、面白い街だなーと感じたんですよね。
軽いお散歩がてら撮ってきた写真をアップします。
タイン川の河岸の景色。
オリンピックののぼり?で、雰囲気はブリストルに似てました。
まずはミレニアム・ブリッジ。
これ、歩道のみの橋なんだけど、
よく真ん中から左右に別れる跳ね橋じゃなくて、
船が通るときは歩道が上にガーッと上がるらしい。
わかります?
あと、対岸に見えてる銀色のイモムシ、
王蟲!?と思いましたが、
コンサートホールらしいです。
次の五輪マークが飾られた橋は、一番美しいとされるタイン・ブリッジ。
その奥には、
赤いスイング・ブリッジ、
高いハイレベル・ブリッジ、
さらにあと二つ架かっていて、
全部で6つ!
写真じゃあんまり伝わらないけど、橋の高さがまちまちなので、なんだか面白いのです。
ハイレベルブリッジの橋脚はこんなに高いし。
ついつい橋の風景ばかり撮っちゃった
ちなみに、川の色…実は赤黒いんです。醤油みたいだった(笑)
晴れてるから空の青が反射してキレイっぽく見えるけど、実際は絶対落ちたくない!!って感じ。
あ、あと日本代表選手はこのヒルトンに泊まったそう。タクシーの運転手さんが言ってました。
あとは坂の多い街をぐるっと周って
お城の名残とかカセドラルを見つつ(中には入らず)
車に戻ってニューカッスルを後にしました。
このあと、近くにある(一応?)世界遺産を見に出かけたのですが、それはまた次の記事で~。
ニューカッスル・アポン・タイン
(ニューキャッスル、と書く本もあり)
タイン川の上の新しい城…という地名。
2000年前のローマ帝国の時代には、この地が国境の北限で城壁が築かれ、
11世紀にはウイリアム制服王が北の軍事拠点としてお城を築いたそうな。
とはいえ城はほとんど残ってなくて、そんなに派手な観光スポットはないみたい…
でも、車でこの街に最初に入ってきたとき、坂が多くなんだか複雑な街並みと、大きなタイン川にたくさん橋がかかってる景色がユニークで、面白い街だなーと感じたんですよね。
軽いお散歩がてら撮ってきた写真をアップします。
タイン川の河岸の景色。
オリンピックののぼり?で、雰囲気はブリストルに似てました。
まずはミレニアム・ブリッジ。
これ、歩道のみの橋なんだけど、
よく真ん中から左右に別れる跳ね橋じゃなくて、
船が通るときは歩道が上にガーッと上がるらしい。
わかります?
あと、対岸に見えてる銀色のイモムシ、
王蟲!?と思いましたが、
コンサートホールらしいです。
次の五輪マークが飾られた橋は、一番美しいとされるタイン・ブリッジ。
その奥には、
赤いスイング・ブリッジ、
高いハイレベル・ブリッジ、
さらにあと二つ架かっていて、
全部で6つ!
写真じゃあんまり伝わらないけど、橋の高さがまちまちなので、なんだか面白いのです。
ハイレベルブリッジの橋脚はこんなに高いし。
ついつい橋の風景ばかり撮っちゃった

ちなみに、川の色…実は赤黒いんです。醤油みたいだった(笑)
晴れてるから空の青が反射してキレイっぽく見えるけど、実際は絶対落ちたくない!!って感じ。
あ、あと日本代表選手はこのヒルトンに泊まったそう。タクシーの運転手さんが言ってました。
あとは坂の多い街をぐるっと周って
お城の名残とかカセドラルを見つつ(中には入らず)
車に戻ってニューカッスルを後にしました。
このあと、近くにある(一応?)世界遺産を見に出かけたのですが、それはまた次の記事で~。










































