先の二次元クラスターの解説ではわかりづらいので

もうちょっと詳しい解説を(無許可で)転載する。

 

大規模・汎用量子計算を実行できる量子もつれの生成に成功

―新しいアプローチで量子コンピューター実現に突破口―

古澤 明(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授)
アサバナント ワリット(同大学院工学系研究科物理工学専攻 博士課程2年生)

2.発表のポイント
◆世界で初めて、どのような量子計算でも実行できる量子もつれ(2 次元クラスター状態)の生成

に成功した。
◆5 入力 5,000 ステップ程度の計算に使える、25,000 個の光パルスから構成された大規模な 2

次元クラスター状態を生成し、そのサイズも原理的にはいくらでも大きくできる。 ◆現在主流のゲート方式の量子コンピューターの限界を克服できる新しいアプローチであり、

量子コンピューターの実現への新たな可能性を拓いた。

3.発表概要:

量子コンピューターは幅広い分野での応用が期待され、実現に向けて世界各国で開発が進め られています。現在主流の開発方式はゲート方式(注 1、図 1)と呼ばれ、まず量子ビット(注 2)を一個ずつ作製し、それらを組み合わせて計算するために量子ビットの間を配線した上で、 量子操作を順に行いながら計算を実行します。実際に、ゲート方式に基づいて、超伝導回路や イオントラップを用いた量子コンピューター開発が進められています。しかし、この方式では 量子ビットの数が増えれば増えるほど、量子ビット間の配線が複雑化されていくことがボトル ネックとなっており、大規模化へ技術的な限界が見え始めつつあります。今回、東京大学大学 院工学系研究科のアサバナント ワリット博士課程大学院生と古澤明教授らは、ゲート方式と は異なる一方向量子計算方式(注 3、図 2)に着目し、あらゆる量子計算のパターンを重ねあ わせた状態である汎用的な量子もつれ(2 次元クラスター状態)(注 4、注 5、図 3)を世界で 初めて生成することに成功しました。2 次元クラスター状態を用意することができれば、それ を構成する各量子ビットを測定するだけでどのような量子計算も行えるため、前述したゲート 方式のような量子ビット間の配線は必要ありません。今回、大規模な 2 次元クラスター状態を 実現するため、独自の時間領域多重方式(注 6、図 4)を用いて大規模な 2 次元クラスター状 態を少数の光学素子で生成する新しいシステム(図 5)をデザイン・構築し、実験的に状態の 生成と検証を行いました。それに加えて、このシステムから生成された 2 次元クラスター状態 (図 6)を利用して効率的に計算を行う方法も理論的に考案しました。これにより、現在主流 のゲート方式における配線の問題を回避し、量子計算の規模を従来よりも飛躍的に拡大できる 突破口が明らかになり、実用的な量子コンピューターへの新たな道が開けました。

4.発表内容: 研究背景

量子コンピューターとは、現在のコンピューター(古典コンピューター)と異なる原理で動 作するコンピューターで、古典コンピューターでは解くことが難しい特定の問題を効率良く解 くことができます。そのため、人工知能、医療、交通量の最適化などの分野への応用が期待さ

れています。現在さまざまな国や組織が量子コンピューターの研究に投資し、その主流のプラ ットフォームとして超伝導とイオントラップが注目されています。両プラットフォームとも、 既に単体で動作する量子ビットやその精密な制御は実現されています。そこで、そのような量 子ビットを多数製作した上で、複数の量子ビットを組み合わせて計算することができるように 量子ビット間を配線し、量子ビットに対して順に量子操作を行えば、大規模な量子計算が実現 できると考えられていました。このような量子コンピューターの実現方式はゲート方式とも呼 ばれ、現在では 50 量子ビット程度を搭載した量子コンピューターまで開発が進んでいます。 しかし、量子ビットの数が増えるにつれて、量子ビット間の配線が非常に複雑になり、実際の 応用に使える量子ビットの数まで増やすのに技術的な限界に達しつつあります。

そこで我々は、大規模量子計算の実現に向け、現在主流であるゲート方式と異なるアプロー チである一方向量子計算方式に着目しました。これは、初めに特定の量子もつれ状態となった 大量の量子ビットを用意しておき、個々の量子ビットを測定することで計算を行う方式で、量 子ビットの一個一個の作製と配線に頼るゲート方式とは全く異なります。一方向量子計算に必 要な量子もつれ状態はクラスター状態と呼ばれます。クラスター状態はあらゆる量子計算のパ ターンを重ね合わせた状態となっており、個々の量子ビットを測定することで実行したい計算 のパターンだけを選び抜くことで計算を実行するのです。この手法の強みは、はじめに十分な 量子ビットの数かつ適切な量子もつれの構造を持つクラスター状態さえ用意できれば、後は比 較的簡単である各量子ビットの測定によってどのような量子計算でも実現できることです。こ こでいう「適切な構造のクラスター状態」とは、複数の入力を用いたどのような量子計算(日 常的な計算で例えると、足し算や掛け算を行うには二つ以上の数=入力を処理する必要がある) でも実現できる汎用的な量子もつれのことを指しており、それは「2 次元クラスター状態」と 呼ばれます。クラスター状態を用いた一方向量子計算が最初に提唱されたのはほぼ 20 年前で したが、その心臓部たる 2 次元クラスター状態は未だに実現に至っていませんでした。

研究内容

今回、東京大学大学院工学系研究科のアサバナント ワリット博士課程大学院生と古澤明教授 ら、豪 University of New South Wales の米澤英宏博士のグループ、豪 RMIT University の Nicolas C. Menicucci 博士, 米 University of New Mexico の Rafael N. Alexander 博士との共 同研究により、2 次元クラスター状態の生成に世界で初めて成功しました。この成功の鍵は現 在主流の超伝導やイオントラップとは性質が異なる光を使った時間領域多重技術にあります。 我々の研究グループではこれまでも時間領域多重技術の開発を進めおり、この技術を用いた量 子もつれ状態生成の実験も行ってきました(例えば、S. Yokoyama et al., Nat. Photonics 7, 982 (2013). J. Yoshikawa et al., APL Photonics 1, 060801 (2016). S. Takeda et al., Sci. Adv. 5, eaaw4530 (2019).)。しかし、それらの実験で生成された量子もつれはいずれも一方向量子計 算に使うには不十分でした。

今回、一方向量子計算の最重要要素である 2 次元クラスター状態を生成するために、時間領 域多重の技術を使った新しいセットアップを考案しました。さらに、この新しいセットアップ によって生成された 2 次元クラスター状態の構造を利用して効率的に計算を行う手法も理論的 に考案しました。その結果、生成された 2 次元クラスター状態は 25,000 光パルスの大規模量 子もつれになっており、それを用いて 5 入力・5,000 計算ステップの任意の量子計算が実現可 能であることが分かりました。

社会的な意義及び今後の予定

 

今回、世界で初めて大規模な 2 次元クラスター状態の生成に成功しました。今回の成果は、 現行の主流の量子コンピューターのアプローチで見えてきた大規模化へ向けた課題を克服でき る新たな方向性を示し、量子コンピューターの分野に大きな変革をもたらすことが期待されま す。また、2 次元クラスター状態の生成は、一方向量子計算の最重要要素でありながらも、約 20 年もの間実現されていなかった難所でした。その実現によって、これまで長年にわたって開 発されてきた光量子コンピューターの各々の要素技術の統合が促進され、量子コンピューター の実現を飛躍的に加速させる効果が期待されます。

今後は、クラスター状態を実際の計算に使うために必要な要素技術を開発し、それを本研究 の成果と組み合わせることで、このクラスター状態を使った量子操作の原理実証を進めます。 同時に、技術的なレベルを更に発展させ、クラスター状態の質と計算に使える入力数・ステッ プ数も増やしていきます。ステップ数は現在でも実質的に無限であり、入力数は最先端技術を 使えば 1 万個程度までの増加が見込まれます。また、現状のクラスター状態の生成システム(図 7)をチップ化(図 8)することも視野に入れて、常温で動作する量子コンピューターチップへ の研究も進めていきます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Science」
論文タイトル:Generation of time-domain-multiplexed 2-dimensional cluster state 著者:(Warit Asavanant*, Yu Shiozawa, Shota Yokoyama, Baramee Charoensombutamon,

Hiroki Emura, Rafael N. Alexander, Shuntaro Takeda, Jun-ichi Yoshikawa, Nicolas C. Menicucci, Hidehiro Yonezawa, Akira Furusawa)