ワタシが大学生のころは電卓が登場したころで

大学ではモンローという機械式の計算機がまだおいてあった頃だ。それよりちょつと前はアメリカでは原爆の計算には真空管式のビルにおさまるくらいの計算機の規模であった。技術な急速にすすみ、大学から大学院を経て高エネルギー研究所に入ってまもなく、コモドールというブラウン管、カセットテープを組み合わせた世界最初の白黒でベーシック言語の卓上計算機も手にはいった。加速器建設も一段落してアメリカのフェルミ加速器研究所にいったときには近くでアップルが最初のカラーのパソコンのapple II を展示していて眩しく思った。日本では大型計算機が導入されFortran言語でかかれた電磁石の磁場計算を20センチ位の紙のカードで読みこませていた。

時代は進み、パソコンでも大型計算機並みの性能をもつようになってきて、いまでは携帯電話がその性能を超えている。がそれを使う人間の能力は進歩がゆっくりで大きな進展はない。

ワタシもかってはFortran のユーザー程度ぬ知識しか持たず、面倒なことは計算機室のヒトに聞くだけであった。そのころは彼らは自他ともに偉く振る舞っていた。 

計算機にはそういう阿保なユーザーの立ち位置で接してきたから今の時代になってもその後に次々に現れる新言語は傍観しているだけであった。

パソコンを購入してネットワークにつなぐのも自分たちには能力がなく、身近で困るときはコンピュータを放医研に納品している若くて詳しい河合さんにお願いするのであった。この河合さんはたのましく、わたしたち研究者などよりも問題への対処が論理的であった。

そんなだったから、いま、Mac book、iPad、iPhoneなどの設定を自分1人でやらないといけないので、自分で調べて自分で解決しないことになった。

ここでアップルやgmailがわにもそのマニュアルが不完全であることがわかった。書いてあることが全体の一部しかなく言われるとおりに実行しても解決しないのだった。

思考錯誤しながら辛抱強くやっていかないといけない。

こういう能力はIQと関係があるのかもしれない。

 高齢者はこの能力が衰えてくるのかもしれない。逆に孫の年代は能力MAXのようだ。IQは年齢ファクターが大きいからね。

というわけで、必要にかられて、LINEの使い方なども新知識が増えた。

仕上げなければいけない文書は目の前にあるが、迂回して新しい知識を仕入れるのも良さそうだ。