私も金子光晴の老境にだんだっもんと近ずいていく。

金子光晴の孫たちえのオマージュ ”運動会”

 

 

 

 運動会

 

 若葉のうたを書いてから
もう、随分な歳月がながれた。

 

 そのあいだに鸛(こうのとり)が、
もうひとりあかちゃんを運んできた。

 

 晩春の頃にうまれたので
みんなで、夏芽と名をつけた。

 

 椎(しい)の実なりの小さな夏芽は、
はっきりした瞳で、問いつづけた。

 

 ここはどこなの。あれはなに、
いったい わたしは誰なのと。

 

 その夏芽が、幼椎園二年生。
姉の若葉は、小学校三年生。

 

 ことしも秋がきて、どこの小路も
木犀の薫りがたちこめて、尼僧院の

 

 大木の欅(けやき)並木が、こいそがしく、
黄に、朱(あか)に枯葉をふるい落す頃、

 

 そこの広庭、ここのあき地で、
たのしい子供の運勤会が開催(もよお)される。

 

 幼い夏芽の運動会は、十月四日。
そのあと三日置いて若葉の運勣会。

 

 ふたりは、それぞれ招待状を作って
ねている爺の枕元にそっと置いてった。

 

 招待状はどっちも念入にふち取りの
花や、苺や、てんとう虫や、片方の女靴、

 

 王子さまの乗る車などが、色鉛筆で、
飾ったなかに、平仮名で書いてある。

 

 お爺ちゃま。若葉の運動会にきて頂戴(ちょうだい)。
夏芽の走るのをみてください。

 

 これではどちらも行かずばなるまい。
幸ひ、夏芽の日は好天気だったが、

 

 若葉のときは雨で日延べになって、
二日おくれて、やっとその日が来た。

 

 校長先生や、PTA会長の隣りの
敬老席に、僕は腰をおろして、

 

 朝の九時から、午后三時まで
子供達の走りくらや綱曳を眺めた。

 

 塊(かたまり)にとけた子供たちのなかから
若葉ひとりをさがし出すのは大変だ。

 

 望遠鏡にもなかなかかからない。
ひょっくり近くにいる若葉に、片目瞑(つぶ)ると、

 

 蛸の口をして、若葉は、応答する。
わが家の誰よりも酒落の分る奴だが

 

 (洒落などわからぬ男に嫁(かたづ)いたら、
戯(おど)け者といって窘(たしな)められるだらう。

 

 勝気で、口惜しがりの妹の夏芽は、
とりわけ気苦労な生涯を送るのではないか)

 

 わが家の小さな姉と妹とは、
よその多勢のなかでみていると、

 

 他を追いぬいて走る気力に乏しく、
迷惑顔でついて走っているだけだ。

 

 子供の頃の僕も、おなしだった。
おばあちゃまも、パパもママもそうらしい。

 

 生き変り飛びつづけてもわがRaceには
ゆくあてもなければ、止り木もない。

 

 万国旗が風にはためいても、風船が割れ、
つづけさまに花火が空にあがっても、

 

 子供たちよ、胸をおどらせるな。
歓声をあげるな。僅かな歳月のあいだに、

 

 むかしなじみの旗が消えて、
みたこともない国旗がたくさん増えた。

 

 そのたびに、無辜(むこ)の血がながされ、
血泡(あぶら)で、裏町の溝はのどを鳴らした。

 

 旗のもとに集まる人々の特権を護り、
その優位と、限りない欲望に曳づられ、

 

 このいたいけな子供たちにも、
悲惨がそのまま引き継がれて、

 

 灰をかむったしらじらした風景と、
廃墟の思想をふかく身に泌みこませる。

 

 若葉よ。夏芽よ。お爺ちやま達が
りっかすの人生をいま迄生延びたのは、

 

 君たちや、お友達みんなの
危い曲り角を教えてあげたいからだ。

 

 だが、塩辛い涙と洟水をすすって、
目先がうるんで、君たちの姿までも、

 

 みえなくなる日が遠くはないのを
そのときが来たらみんな空しいのを

 

 そんな悲しみを越えてまだ人生があり
路がはてしなく先へつづいているのを、

 

 さて、どんな顔で見送ればいいのだらう。
小さな姉妹たちの幸福(しあわせ)ばかりの遙曳(ゆれなびき)を

 

 まだなにも画いてない答案用紙を、
願望(ねがい)通りと信じていればそれでいいのか。

 

 だが、姉妹よ。君にとって、幸福とは、
ゆたかな暮し、こころ平安などではなく、

 

 みまもられる眼のあたたかさや
炎のやうな燃えさかるものでもなく、

 

 苦痛でしか現はすすべのないもの
死と断念しか受留められないもの

 

 かもしれない! そして、僕は、
君たちに、遥かに届かなくなり

 

 君たちはまた、できるだけはやく、
僕を忘れてゆくのにまちがいない。

 

 まだ無毛(かわらけ)の君たちの人生には、
わづかな痕跡しか記されていないが、

 

 リレー競争やフォークダソスを踊る
君たちの赤組と白組が集っては散る

 

 ひとりづつが懸命のエネルギーが、
一団の熱気となって鬱々(うつうつ)とひろがり

 

 その歓声のなかにはすでに、
今日の否定が、底鳴(なり)してゐる。

 

 もう 番組は終りにちかく、
招待者たちは三人、五人と立上る。

 

 陽のしづむ空だけが明るく、
夕ぐれ近い寂寥がそこらに這う。

 

 朝顔の枯れた蔓が、種をつけて、
からみついている金網の方ヘ

 

 自転車に圧されてよろめく老女を
ころばないやうに支えてやると、

 

 老女は歯のない空洞な口をひらいて
『お爺さんは 運勤会がお好だね。

 

 このあいだも 幼稚園で
お姿をおみうけしましたよ』と言ふ。

 『ええ。毎日でもでかけますよ。
でも、膝に水がたまって痛むので

 

来年はゆかれないかも知れません』
そういうと僕はしっかり胸を反らせ

 

 それ以上、かかりあひたくないので、
しゃんしゃんと歩いてみせながら

 

 みるみる遠ざかってから振返ると、
みたくもない老婆の周りにぶら下り、

 

 多勢の子供たちがとんだり跳(は)ねたり