福島大事故の影響・放医研理事長の解説2


ただ、この場合に、一つだけ注意が必要です。それは、放射性物質の種類によっては、体のある部分だけに極めて強く作用することがあります。例えば放射性沃素による甲状腺への被曝などでありまして、これについては、その集積する影響を最も受けやすい臓器について別の判断というのが求められます。


 さて、その次にもう一つ、今回の福島の状況は、また別の問題を抱えています。これは、極めて長期間にわたる被曝による影響はどうなのかという単純な疑問であります。


 御存じのように、人を対象としました疫学的な研究というのは、多くが広島、長崎の原爆の場合のように、瞬時に放射線を受けた場合に基づいています。これと、比較的長い期間にわたる放射線による影響というのをどのように比べるかというのが今一つの大きな課題になっております。


 その例としては、例えば、比較的自然放射線が高い地域に住んでおられる方々が何十年にもわたって受け続けた、こういう住民の方々の発がんリスクを比較することができます。


 それが、お手元の資料の十六ページに比較が載せられていますけれども、原爆の場合には、百ミリシーベルトを超える線量では有意な発がんリスクの増加が見られます。ところが、ここに示しますインドにある自然放射線の高いケララという地域の住民につきましては、じわじわじわじわと放射線を受けておりますので、合計で五百ミリシーベルトという高い線量を超えても発がんリスクの増加が見られないというふうに報告されています。


 これらのデータからは、合計の線量が同じであれば、一回に受けるよりも、長期間にわたって受ける場合の方が影響が少ないということが考えられます。


 このような結果は、低い線量の放射線に対する生体が持っている本来の防御機能というのを考えると説明がつきます。


 御存じのように、私たち人類あるいは地球上の生物は、この地球に生物が誕生してから数十億年にわたって常に放射線を浴び続けてきました。その進化の結果として現在の生物が存在しますので、放射線に対してはある程度の抵抗性を持って存在しているわけです。この防御能力というのをどのようにはかるかは現在のところ非常に難しいわけでありますけれども、もしごくわずかな放射線を長期にわたって受けた場合に、この防御能力を超えなければ影響がなく、超えたとしてもその程度が軽くて済むのではないかということが考えられます。


 実際にこの防護能力がどれぐらいのレベルなのかということについては、現在まだ解答はありませんが、私たちが少なくとも毎日受けている自然放射線よりも高いレベルのどこかにあるのではないかなということが推測されます。


 このときに問題となりますのが、常に受けている線量、線量率といいますけれども、福島で今起こっている高い線量率と呼ばれるものは一体どれぐらいなのかというのを私たちが日常で経験するものと比べたのが、十八ページにある図であります。


 ここに示しますように、東京都は現在、非常に低い線量になっております。これは福島原発の事故が起こる前の線量、〇・〇三マイクロシーベルト・パー・時、一時間当たりこれぐらいの線量があるというふうに観測されますけれども、まず、日本国内でも地域によって大きな差があります。岐阜県では〇・〇八、これより高いところも、関西地区等、いろいろなところに存在します。その理由としましては、実は、岩石等から出る放射線から非常に大きな影響を受けているでしょう。


 例えば、温泉のある地域では、ラジウムから出るラドンによってしばしば高い線量率、これは、ここに書かれている三朝温泉等よりもはるかに高い線量率も観測されているようであります。


 一方、海外に目を向けますと、これよりもさらに高い、日本は比較的自然放射線の低い地域でありますので、ヨーロッパ等の町においては、これよりも高い線量率が見られることがあります。


 それから、スウェーデンのデータをそこに示しておきましたけれども、住んでいる環境によっても大きく違います。特に石づくりの建築物の中では、岩石から出てくる放射線によって自然放射線が高くなるという傾向もあります。


 さらに、高い山に登ってみますと、宇宙からの放射線の影響を強く受けまして、線量率が高くなります。富士山では、東京都の地表から比べますと約五倍程度の線量率になりますし、高い高度を飛んでいます航空機や宇宙ステーションは、これよりもはるかに高い線量率となっています。


 このように、私たちは、大きな幅を持った線量率の中で生活しているということをよく理解しておくことも重要ではないかと考えます。