本の題名などに”知のなにやら”とか”この国は”とかいうことばが使われるときには
たいてい、著者は、ただマスコミに多少名前がしられているものの
知の欠如している例がおおい。その本を読むと、読者が知的になると思わせる意図があるのだが。どこぞの考古学者にもそんなひとがいたような。
また、大量の自分の読んだ本を紹介して、同様の宣伝をしていた、評論家もいた。これが評論というよりは
”どうだ。おれはこんなに読んでいるんだぞ”といった自慢本にみえてしまうのだ。
たいてい、著者は、ただマスコミに多少名前がしられているものの
知の欠如している例がおおい。その本を読むと、読者が知的になると思わせる意図があるのだが。どこぞの考古学者にもそんなひとがいたような。
また、大量の自分の読んだ本を紹介して、同様の宣伝をしていた、評論家もいた。これが評論というよりは
”どうだ。おれはこんなに読んでいるんだぞ”といった自慢本にみえてしまうのだ。