風呂から上がったわたくしたちは、ベッドのある部屋へ足を踏み入れる。
ズイムさんのおかげで、キングランクの部屋に泊まれることになったようだ。
キングランクと言えば、以前ナイト様がとってくださった部屋以来。
わたくしの実力とハンターランクでは、とても手の届く部屋ではない。
結構そのあたりはシビアで、金でどうにでもなる一般客用の部屋とは勝手が違う。
ラギさんは、いったん素顔を見られた相手には、仮面を着けずに接する主義らしい。
もう面を着けること無く、部屋をうろうろしている。
「何か探してらっしゃるの?」
「いや…。その身に何かあっては困るからな…。」
ベッドの下や戸棚の中など、危険物が無いか入念に調べている。
わたくしは、部屋に備え付けのバスローブに袖を通す。ふわふわで、肌に擦れても痛くない。
こんなもの、屋敷にいた時以来だわ。
女性用は薄いピンクで、男性用は真っ白だ。
アメニティも、その辺の安宿とは質が違う。
化粧道具や香水、果てはハンターなら誰でもお世話になる、回復薬やら罠、生命の粉塵までパックになって置いてある。サービスも凄いのね。
「これ、いただいて行って良いのかしら?」
彼がこちらを見る。
「ああ、そういうものだ。」
化粧道具を持って、鏡の前に座る。
あらやだ、髪の毛が傷んでる…。櫛でもって髪を梳いていると、ラギさんがやって来た。
「お前はいくつだ?」
「え?」
「歳を聞いている。」
「わたくし?次の誕生日で19ですわ。」
「…そうか。なら、もう数年待とう。」
「?」
「いや、こっちの話だ。それより、貸してみろ。」
彼は、ブラシを取り上げ、わたくしの髪をとかし始めた。
彼自身も後ろで一つにしばっているが、かなりの長さがある。
一通りとかし終わると、くるくると器用にまとめてわたくしの頭頂部にピンで留め、そこに花を挿した。
じっとしていろと言われ、わたくしは彼に化粧を施される。
どうしてこんなにこの人はメイクが上手いのかしら。
「いいぞ、目を開けろ。」
そっと目を開けると、鏡には別人が映っていた。
「お前は化粧映えのする顔立ちだな。」
「……わぁ……。」
日ごろ、リップくらいは付けていたが、ここまで本格的な化粧は初めてだった。
自分の顔をまじまじと見つめる。
「すごい…。」
「今度、お前が見せたい奴に見せてやるといい。
女に生まれたからには、さらに恵まれた容貌を持っているなら尚更、それを武器にすることも覚えれば良いだろう?
使えるものがあるなら、何でも使える技術は持って損は無い。」
「ラギさんは、爺やとはまた違ったことを教えて下さるのね。」
「化粧は、他人に化けるのにも使える。なにも女性だけのものでは無いのだ。」
「化けるって…。まあ、そういうのも必要な場合もあるのでしょうね。
しかし、ラギさん、色々できるのね。教わったの?」
「わが師ズイムは、女の弟子には、狩りのスキルの他に、必要であれば化粧や料理、裁縫なども教えていたぞ?」
「ええっ?ハンターの育成なのに?」
「ああ。美女がいると男共の士気は往々にして上がるものだろう?
そういう意味もあるだろうし、あとは、恋をして家庭を持ち、ハンターを引退する女性が多いのも、きっと理由の一つなのだろう。
ハンター同士で結婚する場合ばかりではないからな。一般人と結婚したら、たいていは家庭に入ることになるだろう?その時に困らないようにって。」
へぇー…。あのおじ様、そんなことまで教えてるんだ…。
爺や、知ってるかな?知らないだろうな…。
爺やも女性関係は疎そうだしな…。
「さて、また明日な。今夜はもう寝ろ。明後日には、お前をジョウジ殿のもとへ送り届けよう。」
彼とは別々のベッドで、わたくしはぐっすり休んだ。
翌日は、ラギさんに蔦の登り降りやら、崖での戦闘やらを教わりながら、宿に着いた。
一日訓練だったので、クタクタになった。脚が棒のようでジンジンする。
さすっていると、ラギさんが薬草湿布の作り方を教えてくれた。
わたくしの脚にぺたぺたと貼ってくれる。ネンチャク草がべたべたするんですけど…。
「小さい足だな。」
「…ラギさんは奥様や彼女はいらっしゃらないの?」
あまり女性の脚を見慣れてないのかしら?
「…今まで、自分が強くなるので精一杯だったからな。」
「ふうん。モテるでしょ?」
「オレは利口な女が良い。」
「利口ねぇ…。」
「その点、お前は大丈夫そうだ。いずれは、オレの子を産んでくれ。」
「……はい?」
「二度は言わぬ。」
「…………ええーーーーーっ?!」
とまあ、仰天発言があったわけだが。
わたくしがまだ未成年であること、まだ世間を知らないことを含め、数年様子を見るらしい。
「お前がオレを好きになってくれるよう、努力する。」
バルバレの宿の前で、別れの挨拶をしている最中、彼が言った。
まあ、嫌いではないわよ。むしろ印象は良いわよ。イイ男だし、年齢もわたくし好みなのだけれど。
…爺やに報告したほうが良い?やめといた方が良い?
突然の申し出に、わたくしはドキドキしながらも、困惑していた。
と、とにかく、もっとこの人をよく知らなければ!
「ぶ…文通からはじめて下さい!!」
気づけばそんなことを口走っていた。
「わかった。最低一週間に一度は文を出そう。こいつでな。」
彼が口笛を吹くと、鷲のような鳥が飛んできた。
ラギさんが、わたくしの肩にとまらせ、覚えさせている。
「ああ、わが師からジョウジ殿へ文を預かっていたのだ。渡してくれ。」
「わかりましたわ。ラギさん、どうもありがとう。」
「今後はラギ、でいい。」
彼は、わたくしの頬にかするようなキスをして。
「また会おう。」
街並みに消えて行った。
皆買い出しにでているようで宿には誰もおらず、わたくしは、彼に施してもらった化粧を鏡でチェックする。
皆が戻ってきたら、なんて言うだろう?
爺やは、驚いてくれるかしら?
それともまず、勝手にズイムさんに会いに行ったことを叱られるかしら?
鏡の中で、まだ見慣れぬ自分がにっこりと微笑んだ。
fin
とわ著