「ズイムさん、素敵だったわ。ちょっと爺やに似た、落ち着いた雰囲気のひとで。
もっと怖いお爺ちゃんを想像していましたのよ。」
娘は語る。
……独り言か?それともオレに話しかけているのか?
判断がつかない。黙っておこう。
彼女は、ちらちらとこちらに視線を送ってくる。そんなにこの面が珍しいのか。
「ねぇ、ラギさん。」
とうとう名前を呼ばれる。本当なら名など知られたくないのだが、師匠が呼んでしまったからな。
「…なんだ。」
「そのお面、見せていただけません?」
「…オレは面は外さん。」
「どうしても?」
「オレの素顔を見た人間で、生きているものは一人もいない。」
これ以上踏み込んでこないよう、脅してみる。
ふぅん。彼女は首を傾げながら、今まで以上に凝視してくる。
おいおい、勘弁してくれ。
わたくしは、その人のお面をじっくりと眺めた。
外して見せてくれないのなら、着けているのを見るしかないわ。
木製かしら?金属製かしら?
自分で作るのかしら?それとも…。
あまりに見つめすぎたのか、彼は木の上に登ってしまった。
「ここからでも護衛はできる。好きな道で帰るといい。」
声だけが降ってくる。耳に心地よい低音。
……おいくつくらいかしら?爺やよりは若いから、40歳より下ね。でも、ナイト様ほど若い印象もない。
30代半ばってところかしら?
わたくしは船旅を選んだ。これなら、隠れる場所少ないものね。
「…船か…。」
わたくしの前に再び姿を現した時、彼はポンチョのような上着に、鳥の羽根のついたさっきとは違う面を着けていた。
「いつの間に着替えたのですか。」
「…さっきだ。」
さっきっていつ?着替えもあのズタ袋みたいのに入っているのね。
「ラギさん。そのお面、何か着け変える法則みたいのあるの…?」
「ない。気分だ。」
…はい、会話終了。人と話すの苦手なのかしら?
船が出港するまでのしばらくの間、わたくしはラギさんと一緒にギルドの建物にいた。
ラギさんはなるべく目立たぬよう、展示物の間に座っていたり、物陰に潜んでいたりした。
正体の掴めない感じではあるが、話かければ、必要なことは答えてくれる。
わたくしは、この人が嫌いではない。
声が好みなのか、短い彼の言葉が心地良く感じる。
夜、風呂付の宿に泊まる。部屋が一つしか空いてなくて、しかも恋人に間違われた。
オレは…今夜は眠れそうにない…。
彼女は風呂付と言うのがとても嬉しかったらしい。ゆっくりと風呂に入り、早々に寝てしまった。
確実に寝たのを確認し、オレも風呂に入る。
風呂の中央に噴水があり、源泉が湧き出している。ずいぶんと豊富な湯量だな。
仮面をそっと外してタオルの上に伏せ、、湯の中に身体を沈める。
「あーー…いい湯だ。」
誰もいない所でしか、この面は外せない。
もし見られでもしたら、オレは……。
その時!
パシャ…。何者かが風呂に入ってきた!
まずい!オレは仮面をとろうとザブザブ歩く。
「…きゃっ!誰かいるの?!」
「!!」
よりによってあいつか!オレは無言でタオルの場所まで急ぐ。
どんっ。
柔らかいものに当たり、弾き飛ばしてしまう。
「な…何するのっ…。」
助け起こそうとしたが、当然ながら彼女も裸だった。見慣れぬ女性の肌に、叫んでしまった。
「うわぁぁぁ!」
「きゃーーー!」
オレの声に驚いたのか、彼女が悲鳴を上げる。
しかしすぐにこちらをじっと見てきて、バッチリと目が合ってしまった。
「ラギさん…よね?」
オレは一目散に噴水の反対側に逃げた。
「待って!」
「見るな!来るな!それ以上絶対、近づくな!」
「やっぱりラギさんですわ!」
嗚呼、オレは馬鹿だ!他人のふりもできたではないか!
何故逃げてしまったのか。何故言葉を発してしまったのか。
ほんっっとに、オレって馬鹿!!
彼女はオレより先に面とタオルを拾い上げた。
「素敵な面ね。木製?って、あら。内側に何か書いてあるわ。
なになに?オレならできる?オレすごい?」
……終わった……。
がっくりと膝をつく。この風呂の排水口にでも飲みこまれてしまいたい…。
きっと爆笑されるに決まっている。
かくなる上は、もう、彼女を殺すしかない…。すまぬ、師匠。
素顔を見られたからには、某漫画ではないが、その者を殺すしかない。あるいは異性なら愛する選択肢もあるが…。
一族の掟だからな。今まで、一度だけ素顔を見られたことがあったが、その女は嘲笑した。
だから…殺した。
「へぇ、これ、やっぱり奇面族のやり方なのね。こうして自分を鼓舞する言葉を書いておくのでしょう?
ね、やっぱり力出てくるものなの?」
「…へ?」
「わたくしもほしいわ。こういう、心を守るもの。」
彼女は、にっこりと面を差し出してきた。
「ねぇねぇ、あなたはどうして素顔を隠すの?せっかくイイ男なのに。」
「……。」
まったく想像と異なる反応に、オレは言葉を失う。
「ラギさん?」
――こうして、彼女は、いとも簡単にオレの心に入ってきた――。
つづく
とわ著