「…?」
男は不思議そうにしている。
「いや失礼。何でもありません。」
ワグナーは男に背を向け、荷物の中から袋を取り出す。
「…これをどうぞ。」
たくさんの硬貨が入った革袋を、男の年老いた手に渡す。
「ちょっとワグナー!」
驚く虎姫。
ワグナーは、その場の誰とも目を合わせることなく、足早にその場を離れようとする。
「いいから、行くよ、虎姫。」
何か言いかける虎姫。
深々と頭を下げる物乞いの男。
ただならぬ気配に、虎姫は黙ってワグナーの背を追う。
そのまま、宿の部屋まで会話は無かった。
部屋に入るなりワグナーは虎姫を抱きしめる。
すまない、と小さくつぶやく。
虎姫は、手を伸ばして彼の頭を撫でてあげる。
少しの沈黙が2人を包む。
「さっき会った男だけど…。」
「うん…。」
「わたしの、父なんだ…。」
「え?」
「向こうは気付かずにいたけど、わたしはすぐに気付いたよ。
あれは間違いなく父上だ。」
「だからなのね、あんなにたくさんのお金を渡したのは?」
こくりとワグナーの頭が揺れる。
またしても彼は沈黙した。
「…は……はははっ…」
しばらく無言だったワグナーが、突然笑いだした。
虎姫は穏やかにに問う。
「どうしたの?」
――家と名前を捨てた時は、憎しみしかなかった父親。
しかし、見る影も無く落ちぶれた今の姿。
「あの、誰よりも尊大で傲慢だった父が…。」
大きくなった息子に気付かない父親と、一目で気付いた息子。
越えるべき存在が、自分よりも遥かに下になってしまった虚しさ。
「あんなにも落ちぶれて、他人から施しを受けているなんて…。」
ワグナーは絞り出すように言葉を続ける。
「わたしは、家も名も捨てた…。そのつもりだった。
しかし父上の姿を見たら……憐れで……。
わたしがあの家を捨てたばっかりに……。」
言葉が続かない。
虎姫には、ワグナーが必死で嗚咽を噛み殺しているのがわかった。
…痛々しかった。
その胸に、何も言わずにワグナーを抱きしめる…。
「いいのよ…何も言わなくても……。」
室内に、時計の針音だけが異様な音で響く。
――ワグナーの気の済むまで、抱いてあげよう。
翌日。
まだ太陽が昇りきらぬうちに、2人はバルバレに向かう商隊の荷車で揺られていた。
とわ&GG共著