あれは、まだ母の指導を受けながら鍛冶をしていた頃の話。
護衛の任務だとその男は言った。数名のチームで、雪山を越え、いくつもの街を越え、砂漠の街まで若き花嫁を送り届けるらしい。
その為に、新しい装備を整えるのだ、婿がどんな男かは知らないが、たいそう立派なんだそうだ、
と嬉しげに男は笑った。
注文は同じ鎧を二組造ってくれというもの。
一組は花嫁を送り届ける行きの分、一組は送り届けて村へ戻る帰りの分。
俺達は職人の誇りにかけ、期日までにしっかりと仕上げて、男の到着を待つ。
男は艶やかな民族衣装を纏った若い娘を連れてきた。
自分の娘だと、男は言った。亡き妻のたった一人の忘れ形見だと。
男は笑った。笑ったが、同時に泣きそうな顔でもあった。
二組のうち、とりあえず一組だけ男は引き取った。
もう一組は帰りにまた寄るよ、男は代金を二組分支払った。
「うん、良い着心地だ。自慢の娘を送り出すのに恥ずかしくないようにしたくてな。」
あまり裕福な家庭ではないのだろう、お札はしわくちゃで、まるで男が必死で働いたその汗が染み込んでいるようだった。
母は、若い娘に、素敵なベールをかけてやった。
「はなむけだよ。持って行きな。」
娘は嬉しげに礼を言う。
旅立つ父娘を、母は町外れまで見送りに行った。
「…あの子は、人身御供だよ…。」
戻った母は、深くため息をつく。
俺は息を飲んだ。
「あの白い髪飾り、あれはそういう意味なんだよ。
……未だに、そんな風習が残る地方もあるんだねぇ…。」
強大なモンスターを神と崇め、その生贄として若い娘を捧げる。
「ちゃんとモンスターに対する知識があれば、そんな風習もなくなるのだろうがね。」
あの父娘はどこまで知らされていたのだろう。
ふと、泣きそうになった父親を思い出す。
最初に来た時にはおそらく知らなかっただろう。だが、引き取りに来た時には…?
愛する娘を、あの父親は何を思いどこへ送るのか。
あの新調した鎧には、どういう想いが込められていたのか。
もう一方の鎧は、結局引き取られず、今もまだ、店の倉庫に眠っている。
いつ取りに来ても良いように、母が毎日手入れを欠かさない。
この鎧が依頼主に渡った方が良かったのか、渡らなくて良かったのか。
俺は未だに判断ができずにいる…。
1話fin
とわ著