茅ヶ崎市美術館で「絵師たちの視線 (まなざし)」展を鑑賞した後、


〝火打石〟夫婦は十間坂の第六天神社さんへ向かいました。



  第六天神社 さん




第六天神社

第六天神社

第六天神社

第六天神社


第六天神社さんとは…ウィキを引用させていただきますと


第六天神社(だいろくてんじんしゃ)という名前の神社 は日本各地に

存在する。第六天は大六天と表記される場合もある。

元々は神仏習合 の時代に第六天魔王他化自在天 )を祀る神社

として創建されたものであるが、明治の神仏分離 の際、多くの第六天

神社がその社名から神世七代 の第6代の面足命・惶根命 (オモダル・

アヤカシコネ)に祭神を変更した。また、現在では社名自体が変更

されている神社も多数存在する。


ということになります。ウィキでは“第六天神社という名前の神社は


日本各地に存在する”と記されていますが、こちらの宮司さんの


お話では、西日本にはあまりなく、東日本に多いとのこと。それは


(これはウィキにも記されていますが)戦国の覇者・織田信長が


“自らを第六天魔王と名乗っており、信仰が深かった”ことが関係


しているそうで…当時は田舎だった関東で第六天神社は生き残った


というお話でした(*^▽^*)。GWに〝火打石〟の夫が東京都台東区


蔵前の第六天神社(榊神社)さんに参詣していますね…5年前の


9月には埼玉県さいたま市岩槻区の武蔵第六天神社さんに参詣


しています(「2014GW 台東区で寺社めぐり ③」 の記事参照)。


う~ん、勉強になるなぁ(*^▽^*)。御朱印もいただきました≧(´▽`)≦




第六天神社



  西運寺 さん


次に私たちが参詣したのは南湖の西運寺さん。



西運寺
西運寺

西運寺

西運寺


こちらでは御朱印はいただけなかったのですが、かつて歌舞伎座に


通っていた〝火打石〟には見逃せないものが!。



西運寺


卒塔婆に“南湖力丸”の文字が…南湖力丸―南郷力丸、「青砥稿


花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」、通称「白浪五人男 」の


あの南郷力丸?。こちらに説明などはなかったようですが、ネット


情報では“南郷力丸の墓?供養塔”とのこと。ふ~ん…思わぬ所


でかつての趣味を懐かしく思い出してしまいました(*^▽^*)。



関東で残った第六天神社さん、南郷力丸のお墓?のある西運寺さん、


やはり現場で得る知識は面白い(‐^▽^‐)。テキストを読んでいるだけ


じゃダメなのよね…血が通わない。検定に合格することももちろん大事


ですが、合格が目的となっては本末転倒汗。検定はあくまで寺社


めぐりをより深く楽しむためのものあせる。そう考えて気を取り直す


〝火打石〟なのでした(;^_^A。