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引っ越し引っ越し、さっさと引っ越しの話

引っ越しおばさんと言うのが昔、奈良にいてましたが、私もようやく引っ越しました。


引っ越し前は、荷物で大変。

お願いしましたサカイ引っ越しセンターもピストン4往復で頑張っていただきました。営業からは2回の往復で完了するだろうと言われたものの予想以上にダンボールが多くて、悔やんでおられました。すいません。

戸建てになりなんだか広くなり、やはり落ち着きません。思えば、3年半ほど前に家が欲しくなり1年探して見つけ、1年かけて設計し、1年少しかけて工事をして、ようやく今です。

引っ越ししてもまだ、工事が少し残っているのですが、、。
自分の中では拘って、
1.他の家からは見えない独立性。
2.家族がどこにいてもわかる安心感。
3.緑の香りを感じる家。
4.ゲストと家族が交流しなくても良い楽さ。

これを求めました。
口うるさい顧客だったと思いますが本当に設計会社と建設会社の方には感謝です。

本当に満足する家ができました。
これからもこの家で沢山の思い出を作って行きたいと思います。

残念なことに引っ越し前日のNTTの引き込み工事。電柱が私道にあることが発覚し、持ち主が貸さないと言い、引き込み出来ておりません。
対案もなく、このまま1ヵ月ほど電話、テレビ、インターネットのない暮らしに突入です。

まあ、その分家族の会話も増えてええか、、とポジティブに捉えます。

しかし、なんでやねん!!

社員との研修旅行

昨年の優秀社員に選ばれた6名の社員とともにシスコサンフランにやって来ました。






もう、29年前に来た以来のシスコサンフランの街ですが、当時の思い出もなく新鮮です。

自身も楽しんで社員にも楽しんでもらっていい旅にします。

たまたま、隣のテーブルで誕生日を祝ってた女性達にうちのテーブルで大きい声でハッピバースデーを一緒に歌ってあげたら、祝ってくれるならそのナイキのジャンパーをくれと言われた。




結構、外人はこのジャンパーに食い付きよるわ。

とりあえず、眠い。

メルカリのおかげですの話


メルカリが出来てから、何気に捨てようと思ったものでも売れる。売れて少しでもお金が入るという嬉しさもあるが、それ以上に捨てる時の「もったいない」という罪悪感が無くなるのが嬉しい。

あーーどこかで知らない誰かが使ってくれる。この嬉しいさがたまらない。

一方でメルカリに売らずに友人や社員に譲るのもある。ゴルフ道具やウェアなど。メルカリでもゴルフの中古ショップでも売れるだろうけど、やはり喜んでもらえるのが嬉しい。

今回は子供の服。





引っ越しするのに沢山出てきた。

うちは男2人だったから、いつも同じ服を着させていた。長男の服は次男も着れるし、、奮発してポロやディーゼルやら買っていた。多分、一緒にお揃いで揃えれる大きいサイズが150cmぐらいだった。

流石にもうきれないので、社員に譲ることにした。

改めてこうやって拡げてみると、長男と次男がお揃いで着て、次第に長男のを次男が着るようになり、この服で行った沢山の思い出が浮かんでくる。

もうこの服を着るぐらいの可愛さには戻らないんだろうなと寂しさを感じながら、この服をまた社員の子供が着てくれる嬉しさが湧き出てくる。

これぞ、貢献と感謝。

地球への貢献と着てくれることへの感謝。
やっぱり、捨てられへんわな。

天安門事件から30年の話


中国の学生が民主化を求めた学生の運動。




実際は何千人もの人間が政府に殺された。にもかかわらず、無かったことにしようとすると中国。

正直、これだけ情報が溢れでる世界ではごまかせるはずがない。

あれから30年が経った。

天安門事件から1年後、ちょうど
29年前に僕は天安門に行った。
かの天安門事件の跡を自分の目で見たくて。そして、その天安門事件のあった場所で逆立ちしてやろうと、、、。なんだか、そんなクソな中国政府を嘲笑うかのように逆立ちしてやろうと思っていた。

当時の中国、そして当時の天安門もめちゃくちゃピリピリしていた。今から考えると、親もよく許してくれたな、、危険な場所に。

実際、逆立ちをしたのだが、そもそも逆立ちができなかった。、でも、逆立ちらしき写真が撮れた。まぁ、満足した記憶がある。

ライフルを掲げた軍人たちが何百人もいて恐怖しかなかった。夜の天安門も、歩くと何か「夏草や兵どもが夢の跡」の松尾芭蕉の句ではないが「天安門 若者どもが夢の跡」的な、感じで、1年前に民主化を求めた学生がここで何千人も命をだったのだと言う如何ともしがたい虚しさを感じた記憶がある。

今も中国は変わってないなーーー。
あの時の教訓を、いかせてないなーー



個人住宅の重みの話し。

淡路島に、旅行に行って思ったんです。
なんか瓦の屋根に重厚な家が多いなって。
すごく、こだわりを持って建ててるんだなって。
この地に根付いて暮らしていく象徴として家を拘って建てたんだなって思います。

正直、東京の近郊では最近そんな家少なくなってきた気がします。多いのはハウスメーカーの外壁がサイディングのプレハブの建物。

決して僕が言う立場ではないですが、嫌いです。
安くて工期が短くて大手ハウスメーカーで安心の建物で申し分ないです。

けど、つまんねぇーって思ってしまいます。
(あくまでも個人的感想なのでお気を悪くしたらすいません)

特に渋谷の松濤や田園調布、大山町と言った高級住宅地にそんなハウスメーカーの看板が出て建てている家があると、大きなお世話ですが、なんでこの土地にこだわって買ったんならそこにお願いするのかな?って思ってしまいます。

さらに言うと、アパートやハイツ、最近でいうとホテルなんかもサイディングで作っているものも多いです。何だか、悲しい。日本の建築ってのはそんなもんじゃない、、

細部まで拘るデザイン、戸建で言うと大工職人の知恵と技術の詰まった柱の工法。なんかそう言う所に住宅のロマンがあるような気がするんです。

コストや工期やら色々とあるんだろうけど、金太郎飴みたいなサイディングばかりじゃ、日本の建造物は泣いてましまう。

とは言え、効率やパフォーマンスで言うとみんなハウスメーカー選んんだろうな。





親孝行の話


兄貴達といとことおかんと淡路島に行った。


おかんは今、施設に入っていて定期的に兄貴達で見ている。一人で住んでいたので、戸締りや火の元がずっと心配だった。今は、施設なので少しは安心できます。

とはいえ、寂しいだろうという事で、息子達といとこと旅行に行った。

兄貴がおかんに鳴門の渦潮を見せてあげたいという事で、淡路島に行った。

いい機会。東京に住んでると、多分二度と淡路島に行かないだろうに、、。

女子チームと男子チームと離れて寝たものの、おかんと過ごす週末は最高のものでした。
あとどれくらい一緒にいれるかわからないけど、今までの感謝を少しずつ恩返ししたい。

今度は、うちの新しい家に招待したい。
ええ家建てたなーー。えらいなーーって褒められたい。

まだまだ親孝行ができる。
頑張ろうっと。


バカな親父の物忘れの話し


去年の12月次男のクリスマスプレゼントに任天堂スイッチを買った。

でも、受験生なので受験が終わった2月に渡すね、と約束した。次男は性格上、目の前にあるとすぐに開けて使ってしまうのでわからないような所に隠しておいた。

ニュージーランドから一時帰国中の長男には、「ここに隠してるんだよ」と共有して、、。

長男がニュージーランドに帰り、次男が受験が終わり、次男からスイッチ頂戴と言われたものの、隠してある場所にない。

あれ?あれ?どこ行った?
なんで?なんで?

結局、見つからなかった。
もしかして、スイッチはニュージーランドに売っていないと長男が言っていたので、こっそり持って帰りよったのかと疑った。

もちろん、確信もできないので本人には聞けないし、長男に聞いても「知らん」とのことだし。

渋々、次男にスイッチを買って直接渡した。

さてさて、引っ越しで片付けていると、嫁が「これ、なに?」と、キッチンの一番上の棚から新品の箱のままのスイッチが出てきた。

え?え?なんで?

結局、妻と話すと多分こんな会話があったような、、、

「あいつ見つけたら絶対に開けるんで、ワカコが隠しといて」
「わかった」

となってその棚に隠したらしい(互いの記憶薄)

そんな愚かな2人の行動のおかげで疑われた長男。ごめんなさい。少しでも疑ってしまって、お父さんは反省してます。

おかげで




メルカリで28000円で売ることにしました。
アップして2分で売れました。

恐るべしC to Cビジネス。


ありがとう、、ナウホームの話


2011年に引っ越してきたこの家。
いろんなことがありました。

引っ越してすぐに震災がありました。
困難な出発だと感じたとともに、高い階数に住む怖さも感じました。

一方で、
富士山がきれいに見え、


夏には四ヶ所で開催されている花火大会が同時に見えたり、高層階に住む素晴らしいさも感じれました。

でも何よりも、一番成長をされてくれたり、成長を感じたりする家でした。

会社が上場したのもこの家でした。
子供の成長を一番感じれたのもこの家でした。
受験勉強を2人とも一生懸命して頑張ってました。ラグビーのバス練習もフェイント練習もよくリビングでしていました。

素晴らしい思い出しかありません。

2人の兄弟が仲良く机を並べて勉強できるように、敢えて別々の部屋にせず、一つの大きな子供部屋にしたのもこの家でした。

古い古い部屋をスケルトンリフォームにして、自分たちの将来の理想を作った部屋でした。
でも、そんな理想を追い越して子供達は成長していきました。

もうすぐ、新しい家に引っ越しです。
感謝しかないこの出世させてくれた家ともお別れです。

本日、この家に住んでくれる方が決まりました。
外資で働いておられる夫婦です。
感謝するとともに、新しい2人の方に、幸せをもたらせてあげてほしいなと思います。

歳をとるとすぐ感傷に浸ってしまいますが、そんな思い出をそっと胸に秘めて、新たに進んでいきます。

ありがとな、ナウホーム。


やっと外れた足場の、話


自宅の土地を探して1年後に土地が見つかり、土地を購入してから図面が完成するまでに、1年かかり、着工してからやっと1年。

  




ずっと囲われていた足場が外れた。






あと、2か月で住める。
やっと。

想定していたものとは異なる事も多かったけど、もうちょっと。

現場の皆さん、ありがとうございます。
死ぬほど借金できたけど、頑張ろうっと。
35年ローンか、、85歳。
死んでるな、、。頼んだぞ、団体信用生命保険。



部員数激減だなの話


次男の中学校のラグビー部。
同級生の新入部員が7人。あれだけ、次男は必死に同級生を勧誘したものの、この結果。
うーーん、危機だな。

結局、ワールドカップで盛り上がってるのは私を含めておっさんだけなのか?

都内で広大な人工芝ラグビー場を所有して、更にその半面を毎日クラブで使えるという最高の環境にもかかわらず、この部員数とはちと悲しい。

中学生となるとこのグラウンドで試合をすることも多く、好印象を持ってもらえるはず。となると、経験者の部員数確保とすれば、小学校ラグビー部を強化するとか、小学ラグビースクールの試合にグラウンドを開放するとか、色々とすればいいのにな、、と思う。

来年の新入部員はワールドカップの影響で増えると思うけど、、。何となく残念だね。

とはいえ、諦めず勧誘をし続けて運動能力の高い子を引っ張ってほしい。ラグビーしてたら女の子にモテるぞ、、という都市伝説を武器に、、。