Cool Head, but Warm Heart | 学生国際協力NGO FEST TOKYO メンバーブログ

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国際協力の最先端へ―――― 
現地の自立発展を目指す様々な思いを綴ります。

3回目にして最後のブログが回ってきてしまいました。
なんだかまだ書きたくない、ですね。
海外事業部の小林です。

入会して一年と少し。ここは私にとってすごく嫌いですごく大好きな場所です。
FESTのことを語り出してしまったら、おそらく恋人のノロケ話みたいになってしまうのでやめておきます(笑)
一つ前の小石くんのブログを読んでください。
彼が存分に書いてくれましたし、私も同感です。



ということで今日は私の尊敬する人物をご紹介したいと思います。
日本のシンドラーと呼ばれた外交官、杉原千畝さんです。
第二次世界大戦の最中、リトアニアのカウナス領事館に赴任をしていた彼は、ナチスドイツのホロコーストから逃れて来たユダヤ人を救うために、日本政府の命令 (当時日本はドイツと同盟関係にあったため)に背いて大量のビザを発行しました。彼のこの行動は結果的に、多くのユダヤ人を救うこととなりました。
もっと知りたい方は下のページを参考にしてください。
http://www.town.yaotsu.lg.jp/sugiharatiune/


上記のページを覗いていただければ、彼は”人間としての信念を貫いた”、”個人の利害に捕われない人間愛に満ちた”、”日本政府の意に反し人道的立場に立った”人物として賞賛を得ていることがよく分かると思います。
どの文献を覗いても「ヒューマニスト」と描かれることの多い彼を、少し斜に構えて見てみました。
(私の想像も多く入ってしまっていると思いますが、気分を悪くされる方がいましたらごめんなさい!)


もちろん彼は大使館まで押し寄せるユダヤ人の窮状を見て非常に心を痛めたでしょう、ですがこの行動は実は将来を見据えてとても冷静に決断したものなのではないでしょうか。
杉原さんは手記の中でこの決断をこう綴っています。
「旅行書類の不備とか公安上の支障云々を口実に、ビザを拒否してもかまわないとでもいうのか。それが果たして国益に叶うことだというのか。」
さて、この中で彼が言う“国益”とは果たしてなんだったのでしょうか。
間違いないのは、杉原さんはユダヤ人をこのまま見殺しにしてしまうことは、結果的に日本国民の利益にはならないと考えていたのです。
このような状況化でも彼は外交官として、日本国民の利益を一番に考えていたのです。

国や企業の“利益”を突き詰めると、あまり良いことが起こらない印象がありますよね。例えば今話題になっているシリア紛争はその代表であると思います。様々な国が自分の国の利益を睨んで動くことで、その下にいるシリアの人々が苦しむ状況が生まれています。
何かが決定的に間違っているのだと思います。
杉原さんのこの“国益”という部分を追求したら何か見えてくるかもしれませんね、私もまだ見つけられていませんが。

国や企業を国際社会において一つのアクター(行動主体)と見たならば、FESTも立派なアクターです。
FESTの活動は徹底的に現地目線に立つことが最終的にメンバー一人一人の利益となり帰ってきます。
そういう意味では一つのモデルとなっていけるかもしれませんね。
飛躍しすぎでしょうか。



FESTで実際にフィリピンに渡航して活動をすると、それまで“途上国の貧しい人々”なんて勝手に一括りに解釈をしていた自分の世界が180度変わります。一人一人と会話を交わし、一緒に泣いたり笑ったりすることで私たちは「支援する側」と「支援される側」という枠を飛び越え、一緒にこれからについて考えて行くパートナーになっていると感じます。FEST Journalの渡航日記を見ていただければそれを感じていただけるのではないでしょうか。
http://festjournal.wix.com/fest-journal



このように、FESTで活動をしているとミクロな視点で物事を見ることがどんどん出来るようになります。ただ、これからはマクロの視点から上に書いたようなことも考えていけたら、この世界の中でFESTとしてどんな役割を果たしていくべきかにこだわっていけたら、きっともっともっと素敵な団体になると思います。

経済学者ケインズの師であるアルフレッド・マーシャルの言葉をお借りして。
Cool Head, but Warm Heart

だらだらと書いてしまいましたが、最後に一つ。
私たちのパートナー、マボロの方からFBで先日メッセージをいただきました。
その中で彼は”FEST is part of my life”と言っていました。
奇遇ですね、私も同じことを思っていました。
FESTのメンバーもマボロの住民の方々ももう私の人生の大切な大切な一部です。
ありがとうございました。

小林愛鐘