唐招提寺から薬師寺は、歩いて5分程度です。
この日は「玄奘縁日法要」の日でした。
今回の目的はこの法要とその後の法話を聞くことと、写経をすることでした。
薬師寺での写経は今回で3回目になります。
広い道場の真ん中辺りに座り、心静かに墨を擦り、筆をとると
静かな気持ちになります・・・
と言いたいところですが、
心が静かだったのは最初の数十秒だけ。
その後は瞑想のときと同様、頭の中に次々と雑念がわき上がってきました。
それも過去の苦い記憶から無駄に妄想が広がったりして、苦しくなって
いきました。
筆先に集中しようと悪戦苦闘しながら、最後まで来てしまいました。
やれやれ・・・
自分の願いを書いて、名前を書いて、箱に収めて会場を後にしました。
団体で来られているおばさんたちが、自分たちが終わるとおしゃべりを
されていて、結構騒々しかったのですが、それはさほど気にならないのです。
なぜなら、自分の心の中の方がよほど騒々しかったから。
心静かに保つのは、なんとも難しいものです。
写経の後は気を取り直して玄奘縁日法要と法話に参加し、
そのあとは白鳳伽藍を堪能しました。
和辻哲郎の「古寺巡礼」にも書かれていますが、
薬師寺の「聖観世音菩薩立像」、金堂の「薬師三尊像」は、どこかなまめかしい
感じがあります。
和辻哲郎は聖観世音菩薩立像について、
一個の人を写さずして人間そのものを写す
と表現しています。
同書では、この像の作者についてもいろいろと想像していて、
グプタ朝の芸術は、(中略)宗教の方便であるよりも、むしろ宗教を方便とするものであった。
芸術が神仏を超えたものが、これらの仏像と考えることもできるのだと
新しい視点をもらいました。
東京に戻ってきて、いまも「古寺巡礼」の続きを読んでいますが、
読めば読むほど、また奈良に行きたくなります。
奈良への移住を本気で考える今日この頃です。


