お久しぶりです。だいぶ間が空いてしまいましたが、前回の続きで、インドでの出来事について書いていきたいと思います(今回はあまりインド要素ないです)。前回のやつを読んでいない人ために再度簡単に説明させていただくと、私は小学校低学年くらいから、高学年くらいの約3年間インドで過ごしました。今回は学校がどんな感じだったかを述べていきます。私が通っていた学校は、インターナショナルスクールというもので、様々な国籍を持つ人が集まる学校でした。

 

もう15年近く前になりますが、学校初日の出来事は鮮明に覚えています。転校自体初めてだったのと、英語が全くできなかったことで、不安と緊張でいっぱいでした。しかし、蓋を開けてみると日本人がたくさんいました。休み時間になると、日本人は日本人でグループを作っていて、正直英語が出来なくても全くと言っていいほど困りませんでした。私も最初の一年は日本人としか一緒にいなかったため、全く英語が上達しませんでした。なんなら授業中にも日本語を使ってたくらいです。だって、1クラスに7人しかいないのに、その半分が以上が日本人だったんですから。細かく説明すると、私の記憶が正しければ、私を入れて男4人、女3人でした。そして、男4人のうち、私を含めて3人が日本人で、女の子1人が日本人でした。ちなみにもう一人の男はフランス人だったのですが、なぜか私はそいつからめちゃくちゃ嫌われてました。真顔で「早く死んでくれ」と言われた時はかなりショックでした。理由は今でもわかりません。まぁとにかくクラスではそんな感じで日本人が多いうえ、休み時間になると日本人のグループと一緒にいるという毎日を過ごしていたため、海外の学校にいるのに、色々な国籍の人がいるはずなのに、全く英語が上達することも、外国人の友達ができることもありませんでした。一応学校外でインド人の先生に英語を教わっていたのですが、その教え方がヤバすぎて、全く上達しませんでした。その話はまた別の機会にできたらしたいと思います。そんな感じで一年を終えました。

 

しかし、一年が終わったあたりで環境が少し変わりました。日本が急激に減り、7人しかいなかったクラスが、進級して15人くらいになりました。そしてもう一つ、ブラジル人の生徒が転校してきたのですが、これが大きな転機になりました。それまで日本人以外のほとんどの人から全く相手にされていなかった私に、彼は積極的に話しかけてくれました。ちゃんとコミュニケーションがとれていたのかよく覚えていませんが、彼は私を面白い人間だと認めてくれました。気がつくと、彼以外の外国人とも話すようになっていました。ブラジルの彼が、少しずつ他の外国人と私を繋げてくれたのだと思います。私のことを嫌っていたフランス人の彼とも友人になれました。帰国する頃には、少しの間だったかもしれませんが、日本人の友人とも英語で話すようになっていました。最初の一年を考えれば、信じられないほど進歩したでしょう。3日間、例のブラジル人の彼の家に泊まりにいき、3日間全く日本語を使わず過ごしたこともありました。外国人の友人ができてからは、時間が経つのがあっという間でした。

 

最初の一年は苦痛だったわけではありませんが、振り返ってみると無駄な時間を過ごしたとも言えなくもないです。もしあのブラジル人の友人が転校してこなかったらそのままだったかもしれません。きっかけの重要性を学ぶことができたと思います。とにかく楽しい時間を過ごさせていただきました。このインドで過ごした時間のおかげで、中学校の時、全く英語を勉強をしなくて済んだのがありがたかったです。

 

おわり