約25年前にちょっと不調になったことをきっかけに大学病院心療内科(精神科ではない)を受診した。

 

「(軽症)うつ病です。薬で治さないとどうにもならない。」

 

その後3か月でよくなり、念のため2年ほど通院して、何の問題もない状態になったので薬物治療終了を申し出た。

 

「いや、あなたは維持療法を続けなければならない」

 

この後、16年間の漫然処方が続いた。全く問題ない社会生活を送っていたが、これだけ長く働いていればときどき過重労働に苦しむこともある。あるとき、少し徹夜労働のことを話した。

 

「(あっ、この人は双極Ⅱ型障害だったのだ。三環系抗うつ薬はまずかった。よしこっそりリチウムにすり替えよう)」

 

私は薬がすり替えられたことに気が付かなかった。自動車事故を起こしたりするので不審に思っていた。1年半後に三環系抗うつ薬がリチウムにすりかわっていたことに気が付く。このときはじめてリチウムが双極性障害の治療薬であることを知った。いろいろ調べると双極Ⅱ型障害と診断されているのではないかと判断した。主治医に三環系抗うつ薬はまずいのではないかと詰め寄ると

 

「んー、いや、三環系抗うつ薬のおかげでいままで何とかなっていたんだ。でも双極Ⅱ型障害で間違いないから三環系はやめる。」

 

論理破たんしているこの説明は保身のためでなくて何だろう。何の社会的支障もないことを告げても主治医は同じことを繰り返す。本当なのか、だったらこれから予後が悪くなるのだろうと治療を受け入れた。治療と言っても認可薬物を次々に試すだけで副作用でだんだん具合が悪くなる。少し早朝目覚めたりすると

 

「それはうつが来ている」

 

少し頭が働きすぎると

 

「それは軽躁の兆候だ」

 

といかいうのだが、自分としては社会生活に全く問題なく、仕事もうまくできている。しかし主治医はこういう。

 

「自殺の危険性はあります。」「高度障害にはあたらないが、障害年金は出る」

 

えっ、自分は自殺しなくてはいけないのか、これから生活が困るのか、本当なのか。今こうやって普通に仕事をしていると言うのに。

 

まじめな私は主治医の言うことを信じて薬物治療を受け入れてきた。そもそも人生で薬を飲んで効いたという実感をしたことがない。普通に時には人並み以上に活動ができることを根拠に主治医は「薬が効いている証拠だ」と考えていたようだった。しかし、抗コリン作用などかなりきつい副作用に耐えてきたのが実際だ。双極Ⅱ型という診断に変わって数年が経ち、様々な薬を飲まされていうるうちに薬物のデメリットしかでてこない。こういう状況がつづくと、主治医の態度がおかしくなってきた。私は「主治医は本当に自分のことを双極Ⅱ型障害と判断しているのか。何年も薬物治療を施しているうちに、実は間違った診断をしてしまったと考えているが、間違いないと断定しているのでひっこみがつかなくなっただけではないか。なぜ無意味な薬物治療にこだわるのだろう。」と思うようになった。

 

決定的なのは、予後が悪くなると予告して実に7年間も正常な生活を続けていて、クリニックの閉院が決定された頃のことである。私は何の問題のない生活を送っているが、診断が正しいとすれば(双極性障害の患者にはまずい薬物の長期漫然処方を受けてきた)自分は今後どうなるのかと漠然と不安になっている様子に主治医はいらいらしていた。そしてこう言い放った。

 

「双極Ⅱ型障害の人は、自分の病気がどうでもよくなるんだ!」

 

これは最初全く意味が分からなかった。どうでもよくなるというのは医師の方がそう思っているのではないか。私は予後が悪くなるかもしれないから主治医の言う通りにして通院を続けているのに、なぜ薬物治療をやめないのか。非常に理解に苦しむ。

 

診断当初からインフォームドコンセントをせず、問診抜きで薬をすり替えているように、そもそも診断そのものが怪しかった。しかし、私には診断は間違いないという。私が「双極Ⅱ型の人は結局薬が切れる人がいますね」と言っても「そういう人は少ない。生涯薬が必要だ」と言って何年も薬物で治療を引き延ばし続ける。私は、診察のたびに何の問題もなく仕事をしているということを報告しているのだが、なぜかそのことが主治医は気に入らない様子だった。三環系抗うつ薬も20年近くも単剤にならず、診断変更になっても気分安定薬単剤にはならない。いつまでたってもベンゾジアゼピンを併用するのはなぜか。普通に仕事ができていることは経過としては良好なはずであり、、減薬して単剤維持療法に移行していいはずなのに。経過が良好なことは喜ぶべきなのになぜ不満なのだろうと不思議だった。

 

クリニック閉院後、私は経営母体の大きな病院へ転院することになった。その案内書を私に示すときに主治医の手が震えていたのを

よく覚えている。このときは、主治医から離れて別の病院へ行くことが可能だったが、そのことを主治医は恐れていたようだ。長年観察下に置いておきながら、漫然処方で定期的見直しをせず、双極性障害ブームになってはじめて三環系がまずいと気が付き、インフォームドコンセントもせず、薬をすり替える、しかし時間が経つとその診断も間違いであることが濃厚になってくる。自分の治療がむちゃくちゃであることが他の医師にばれてしまうことを恐れていたようだった。

 

ここまでの記述を見た人は、多分こう思っているのだはないか。「この人は、なぜ治療を自己判断で中断してしまわないのか。問題ないなら薬物など飲まずにそのまま生活していけばいいのに」。この考えはまさに今の私の考えである。しかし、25年以上病気だ病気だと専門家の医師から言われてしまうと、何の社会的支障がなくてもこの後悪くなるのだろうと信じてしまっていたのである。同時に、原因不明の腰痛があっておそらくそういう症状はこの病気と関連があるのかどうか分からなかった。

 

転院後、もう明らかに主治医の行動がおかしくなった。首を横に振ったり、目を合わせられない、声がどもる。診断したものの、その経過から私が双極Ⅱ型障害ではないことはほぼ明らかになってきており、私が気にかけていたものは、少し症状が重い腰痛しかない。主治医は一通りの薬物を試してその腰痛?が改善しないので、今まで使った薬(リチウムとかバルプロ酸とか)しか処方できなくなっていた。私はずっと「あなたは薬を飲む必要はない」と切り出されるのを10年近く待っていたが、主治医からは言い出さない。実は、そう言ってしまうと、10年ではなく25年前からの薬物投与が全く無意味だったということを認めてしまうことになるからである。

 

さらに主治医にとっては非常にまずい事情が重なっていた。2017年3月厚労省がベンゾジアゼピン系薬物の長期連用による害を正式に認めたからだ。主治医が私に処方してきた薬剤は三環系抗うつ薬、気分安定薬などだけではない。ワイパックス、レンドルミン、ロヒプノールなどのベンゾジアゼピン系は実に25年以上にわたる連用をさせてきた。私はベンゾジアゼピン離脱症候群のことを2014年後から主治医に指摘していて「不眠らしき症状や、腰痛や腹痛はこの薬の連用によるものではないのか」ということを常々いってきた。これに対して主治医は「ベンゾジアゼピン常用量依存というのは一部の医師が言っているだけでそれは間違いだ。パッとやめても大丈夫」と説明してきた。この辺りは専門家しか分からないので私は主治医を信じるしかなかったが、うつ病→双極Ⅱ型障害という診断が、双極性障害ブームによる医療サイドの一現象にすぎないことがはっきりしてきた以上、もう選択肢はベンゾジアゼピン常用量依存しか残っていない。

 

同じ病院の医師(副院長)によるセカンドオピニオンでは「双極性障害確定診断の根拠なし、現在の症状はベンゾジアゼピン離脱症候群だろう」ということだった。私の見立ては正しかった。

 

その後、2018年末まで1年半以上かけて漸減、断薬した。別の何人かの医師(精神科)に双極性障害かどうか意見を求めたが、いずれも否定的な判断である。業界では他の医師の診断をとやかく言わないような慣習があるように思えた。最後にかかった医師は詳細な問診とこれまでの投薬状況から「双極性障害というのは間違いですね。あなたの働きぶりはあなたの努力と能力によるものです。薬物治療の必要は全くありません。」これと全く同じようなことを、2014年に主治医の診断について職場の上司に相談したときに言われたのを思い出す。

 

双極性障害という医学上の診断が正しいかどうかは医学の専門家医師が判断すべきことのように思っていた。私や私の働きぶりを観察していた周囲の人たち、つまり素人の判断の方が全く正しかったということになり、そのお墨付きを専門家が与えたということである。素 人の方がときに正しい診断ができる診療科は精神科や心療内科の他にあるだろうか。


双極性障害に限らず、重い精神疾患の診断なら専門家でもなく素人でも何かおかしいという判断はつく。問題は軽い精神疾患の方である。これは性格や行動の特徴を拡大された疾患定義に当てはめればいくらでも診断が可能である。そして、軽症の精神疾患は診断と治療は全く別物と考えた方がよい。専門家の医師は、間違いなく薬物療法を選択するが、これが本当に有効であるかどうかは相当に疑ってみた方がいい。私のように医師の言う通りに薬物治療を施せば施すほど状態が悪化する事例がたくさんあるように思う。むしろ、薬物治療をしない方が簡単に治ることが多いのではないか。

 

とくに問題のある診療形態は間違いなく漫然処方である。仮に私に双極性障害の素質があったとしても、20年近くも観察下に置いておきながらそれを見抜けなかったのは漫然処方のせいである。10秒診療、無言診療が繰り返し長く続き、医師は非常に高い単価で診療報酬を得ることができた。それが三環系抗うつ薬長期投与、ベンゾアゼピン長期連用を招いた。主治医は、三環系抗うつ薬がまずいというのはすぐに認めたが、ベンゾジアゼピンについては最後まで常用量依存はないと言い続けていた。常用量依存というのは漫然処方がなければ発生しない。漫然処方をやりがちな医師が常用量依存を認めるわけがない。

 

双極性障害は、三環系抗うつ薬だけでなく、ベンゾジアゼピンもまずいという医師もいる。ということは、もし私が双極Ⅱ型障害なら、病状を悪化させるような治療だけを受けてきたことになる。診断が間違いであれば、ベンゾジアゼピン離脱症候群。いずれにしても、精神医療に関われば関わるほど不健康になっていく。これは本当に医療と言えるのだろうか。

 

いずれにしろ、薬物治療を続ければ続けるほど悪化していく状況を招いたのは、報酬目当ての漫然処方を主とする医療行為が最も大きな要因になっている。必要がないなら減薬、断薬して様子を見る、必要なら追加投入してみる、といったバランスのある治療、真に患者目線の医療にしていけば、このような混乱もなく、薬物治療の有効性を最大限に引き出すこともできるのではないか。偏った医療行為が精神医療が実は医療ではないことを証明しているような気がする。

 

現在腰痛が残っているが、うつとか軽躁とか不眠とかそういう症状は全くない。何の薬も飲んでおらず、飲みたいとも思わない。腰痛は、おそらく長年(約20年)のプログラミング作業などによるものだ。

 

少なくとも「軽症」精神疾患に対する精神医療の存在価値を、もうそろそろ根本的に問い直した方がよいのではないか。確実に無駄な医療費が削減できる。実際、軽症うつ病の第一選択は薬物治療ではないというガイドラインが世界的には主流になりつつある。営利企業の製薬会社と一緒になって軽症疾患に対する診療報酬を稼いでいる医師たちは真剣にこのことに向き合うべきだ。そうしなければ「軽症患者に精神医療はむしろ有害である」となってしまい、自分で自分の首を絞める結果になるだろう。