以下は、25年以上一人の心療内科医から精神医療を受けた経験から感じることである。
心療内科と精神科は一般に混同されていて、明確な違いを説明できる人はほとんどいない。心療内科は本来内科であるから、詳しくは医学教育・研究の体系から異なるのだろうが、そういうことは一般の人にはよく分からない。
一般に精神科というと悪いイメージを持つ人もいるので患者が寄り付きにくいことがある。だから、医師が精神科クリニックを開業するときなど、専門は精神科でも「心療内科」という看板をかければ、何かしら敷居が下がり患者が集まりやすいだろうと考える。大半の「心療内科」は実は精神科なのである。
心療内科の精神科との最大の違いは統合失調症を扱えないということだと感じる。精神疾患の問題はほとんど統合失調症の問題といっても過言ではないほど、統合失調症は精神科の最大の目標であり続けている。ということは、心療内科は精神科とはかなり違うという結論になってしまうが、本当のところどれくらい違うのだろうか。
この混乱は、うつ病ブーム、つまり軽症うつ病の出現がさらに拍車をかけたような気がする。うつ病ブームはSSRIが出現した頃よりもずっと前から生じていた。1990年頃にはすでに心療内科でも軽症うつ病を積極的に扱っていた。このとき私が心療内科医から紹介された本が「朝刊シンドローム」(笠原嘉、1985)である。
軽症うつ病関連はまず患者の多さから心療内科でも魅力的なマーケットになってる。また、統合失調症の特徴とされる幻聴や妄想のような症状は軽症うつ病にはみられないから、本来内科医である心療内科医にとっても対応しやすいこともあるのだろう。今でもそうだろう。
ところが、2000年代の後半頃になって事情が変わってきた。双極性障害ブームの出現である。双極性障害は躁うつ病の現代的な呼び方で、昔ながらの躁うつ病は双極Ⅰ型障害と分類され、そう状態が激しくない場合は双極Ⅱ型障害とされている。このⅡ型の出現が、心療内科の精神疾患へのかかわり方をさらに混乱させていったように思う。私の知る限り、双極Ⅱ型はすでに1996年の本「軽症うつ病」(笠原嘉、1996)で「両極Ⅱ型」として紹介されていて(p.112)、10年後の2006年11月4日のサンケイスポーツに自己チェックリスト付きで紹介されている。
双極Ⅱ型障害は軽症うつ病にほとんど正常範囲と言える躁状態(軽躁)を付け加えた病気であり、診断が非常に難しいと言われている。難しいという意味は、医師によって診断がばらつくということに他ならない。過剰診断と言う人もいるし、過小診断と言う人もいる。要するに、病気の概念自体があいまい極まりないということであり、ある医師は「ジョーク」ではないかというほど怪しい疾患である。
双極Ⅰ型障害、つまり躁うつ病は統合失調症と同様に精神科の大きな目標である。しかし、Ⅱ型であれば心療内科でも扱える軽症うつ病の側面があり、躁状態があると言ってもそれは軽度だから、(激しい躁状態を伴う)双極Ⅰ型の扱いを心得ている精神科医のような技量は要求されない。ということは、双極Ⅱ型障害は心療内科でも扱えるということになる。こうして、統合失調症や双極Ⅰ型障害は診ることができないが、双極Ⅱ型障害のマーケットは心療内科のターゲットになりうる。
ところが、Ⅰ型でもⅡ型でも、双極性障害の薬物治療は全く同じ。リチウムや一部の抗てんかん剤が効くとされている。心療内科だから、何か精神科と異なる治療法があるのかというと全くそういうことはなく、精神科医と同様に薬物治療を行うだけだ。そう、心療内科医は単に「診やすいから」という理由で双極Ⅱ型障害を扱っているに過ぎない。過剰診断ブームによって患者が増えるので魅力的なマーケットになりうると考えたのだろう。
しかし、双極Ⅱ型障害は精神科の中ですらかなり混乱している。双極性障害ブームの渦中、「’私はうつ’と言いたがる人たち」(香山リカ、2008)のような本が売れた。この種の本にその混乱ぶりが記述してある(p.43-p.49)。軽症うつ病を抗うつ薬で治療していたが、効かなかったり、再発したり、治療がうまくいっていなかった症例は、実は双極Ⅱ型障害だったと診断するケースが増え始めたのである。
迷走は続く。双極性障害は実は統合失調症と似た病気ではないかという研究が出始め、統合失調症に使われていた抗精神病薬が認可され始めた。これは製薬会社による過剰なマーケティングの影響ともいわれている(「双極性障害」(加藤忠史、2008)、p.21,22)。こうして双極性障害マーケットに興味を持った心療内科医は、抗精神病薬を積極的に使うようになる。統合失調症の患者を扱っていなかった心療内科医は抗精神病薬の扱いに慣れているはずがない。こうして、心療内科医は、抗うつ薬で対応していた軽症うつ病患者を、慣れない抗精神病薬で治療することになるのである。
この頃には、心療内科は双極性障害に発展する可能性があるうつ病は専門領域ではないと自ら宣言した。しかし、それまで抱えていた軽症うつ病患者をどうするか。とくに、医師の指示通り長期間薬を飲んで、まじめに働いて治療代もきちんと払ってくれる患者をどうするか。
いくら専門ではないといっても非常に魅力的なマーケットを手放すわけがない。心療内科医はそのまま薬を変えることによって治療を継続することになる。
さて、双極性障害ブームは心療内科医の負担になったのだろうか。私はそうは思わない。抗うつ薬投与から気分安定薬の投与に変わるだけで薬漬けの方針は変わらず、利益を得ることが可能になる。製薬会社のマーケティングのおかげでいろいろな新薬を使うことができ、薬物投与をどんどん行うことができる。薬物投与しか治療法を持たない精神科医でも心療内科医でも非常にやりがいがあるのだ。
双極性障害ブームも、本当に症状に困る患者を救おうとすることから起こったり、純粋に病気の研究が進んだ結果から起こったりしたものなら良い結果に終わるかもしれない。しかし、このブームは双極Ⅱ型障害の診断基準の緩和と製薬会社の過剰なマーケティングが同時に起こっているので、利益追求によって起こっている側面がある。実際、副作用による死亡事故も起きていて、このブームは結局患者の不利益をもたらすことにもなっている。
そう、双極性障害ブームは心療内科に迷惑な話というわけでは全くなく、何よりも誤診を受けた患者の不利益なのだ。精神科医だけでなく、同じく精神医療に携わる心療内科も加担したに過ぎない。
うつ病ブームで利益を得たのは製薬会社や医師であり、不利益を被ったのは「患者」たちの多くである。双極性障害ブームでも全く構造は同じ。不利益とは医療費だけではない。副作用による身体被害、長期連用による向精神薬依存、交通事故や転倒事故等々。
医師の中には双極Ⅱ型障害は抗うつ薬による気分の持ち上がりを軽躁と誤診しているだけの医原病という人もいる。それも十分あり得ることだが、それだけではない。私の場合、20年前にうつ状態のようなことがあったことに、たまたま徹夜で仕事を続けた一現象をプラスしただけで双極Ⅱと判断された。三環系の抗うつ薬を維持療法として連用させられていたこともあるが、薬の影響で徹夜したわけでなく、明確な過重労働に過ぎなかった。
私も含め、双極Ⅱ型障害と診断された人の経過はかなり良いケースが多いのではないか。「薬は切れた」「うつが来ることもなく」という感じで。これは双極Ⅰ型と違って、双極Ⅱは予後がよいのであろうか。理由は簡単、単なる誤診だったか、飲ませていた薬の副作用を症状と診ていただけだ。そう、全くジョークなのである。
うつ病ブームも双極性障害ブームにも共通するのは、やはり軽症化である。ストレス社会に生きていれば多少なりとも「うつ状態」になることはある。それをブームは軽症うつ病という診断をつけて抗うつ薬市場に組み込んだ。その延長に多少の気分の高揚を付け加えて軽症躁うつ病、すなわち双極Ⅱ型障害という診断をつけて気分安定薬市場に組み込んだのが双極Ⅱ型障害ブームの実態だろう。軽症化によって拡大した市場に心療内科医も群がったに過ぎない。