2009年3月28日,それまでトリプタノール,ワイパックス,レンドルミンという薬物維持療法を18年間続けていたのが,トリプタノールをリーマスにこっそり変更されました.その後,意識障害による交通事故をおこしたり,手の震えがおこったりして,1年半後にやっとすり替えられたことに気が付きました.インフォームドコンセントをせずに処方を変えた主治医と議論になりましたが,結局は約20年かかった医師の診断と治療を受け入れました.主治医は,2009年前後の診察室の私の言動だけで私を双極Ⅱ型障害と診断したようです.本当にそうなんでしょうか.軽躁に社会的支障がなく,うつ状態がこなければ薬物治療をすぐ始めなくてもよいのではないでしょうか.抗うつ薬から気分安定薬に変更後も,抗不安薬と睡眠導入剤の処方は延々と続けられました.

 

私が診断と治療を受け入れることにしたのは,主治医からこう言われたからです.「軽躁がでてきたらいつかまたうつになる」「薬は一生飲まなくてはならない.しかたないね.」「自殺の危険性はあります」「(働けなくなったら)障害年金はでる」ここまで言われたら,かつてうつ状態を経験している人間からすると,治療を受け入れて,何とか社会生活を送れるようにしたいと思ってしまったのです.このときはまだ医師のいうことは多くの経験に基づく医学的科学的なものだと思っていました.

 

リーマスを投与し続けているので,「なぜ一度も血中濃度をはからないのか」と尋ねつづけるので,血中濃度を一回測定しました.医師の顔がうつろだったのをはっきり覚えていて,何のコメントもありませんでした.いや,何を言っていいのかわからないような感じでした.ときおり,プロチアデン,アンプリットなど三環系抗うつ薬も併用してみました.サインバルタも試しました.医師はサインバルタをNassaと言いました.えっ,SNRIじゃないの,と言おうとしましたが,黙っていました.デパケンも処方し始めました.

 

いろいろな本を読みましたが,本の中のような人と違って自分は普通に働いているのです.通院をきちんとやるのです.あるとき主治医にこう尋ねました.「双極性障害というのは統合失調症と同じくらいの頻度なのでしょう.うつ病なんかよりずっと少ないはずですよね」これに対し,主治医は「いや,もっといる.何とか社会生活をつづけながら通院している人がたくさんいる」と自信たっぷりというかなんというか,そのような軽症患者がたくさんいることをよろこんでいるというか,自分たちがそういう人たちを治療するんだという,そんな感じでした.私もそのような軽症患者の一人なんでしょう.そういえば,20年ほど前にうつ病で通院し始めて数か月たった時にこういうやりとりをしたことがあります.

 

私:「心療内科って,軽症うつ病を扱っているのですね.躁うつ病はどうなんですか.」

主治医:「扱えない.でも薬で躁状態が抑えられれば別だ」

私:「統合失調症は?」

主治医:「扱えない」

主治医:「昔はうつ病と言えば,重い患者しかいなかった.それが軽症の人たちが増えてきた」

 

軽症うつ病であれば,統合失調症や躁うつ病や重いうつ病の患者と違って,働きながら外来通院をきちんと行えます.それは,心療内科医にとっては楽でしょう.なにせ,私のように,普通以上に働いて,お金を稼いで,通院も2週間に一度は必ず行って診療費を払い,しかも薬を長く長く継続して購入するのですから.私(患者側)としても,「重症でなくてよかった,こうやって働きながら病気と長く付き合っていけている」と思っていました.自分はラッキーなのかもしれないとさえ思っていました.

 

2009年以降,本を読んだり,ネットで調べたりするようになったのがうつ病寛解後の18年間に及ぶ維持療法を漫然と受けていたときとは異なる状況です.いろいろと疑問がわくようになりました.双極性障害なのになぜ三環系抗うつ薬トリプタノールを20年近く飲んでいて大丈夫だったのか,不思議でたまらなかったのです.あるいは,今後その影響がくるのかと考えると不安でした.またいつかあの苦しいうつ状態になるのかと思うとかなり不安でした.そうこうするうち,自分が一貫して飲まされているワイパックスに依存性があるという情報をつかみました.「長期服用すると依存することがあるので徐々に減薬すること」と注意してあります.これにはかなり驚きました.ここでいう長期服用とは半年も飲めば立派な長期服用という意味合いだったのです.自分は20年以上飲んでいるのです.怖くなりました.自己流でやめてみたりするようになりました.でも,完全にやめるのもできないのです.

 

双極性障害かどうかということと同じくらい,ワイパックスの依存性が気になり始めました.さて,これからどうなるのでしょう.