夫の死後、2ヶ月後に家族のムードメーカーだった愛犬が虹の橋を渡った。
その日から我が家は静まりかえり、悲しみに包まれた。
子供たちの心の拠り所は、仏壇とその横にある愛犬の骨壷の前だ。
そんなある日、夫の医学部時代の親友S先生から連絡があった。
葬儀にも駆けつけてきてくれた先生だ。
渡したいものがあるから今度の日曜日に新幹線で来るということだった。
そして、日曜日。
駅までS先生を迎えに行き、自宅へと案内した。
S先生は、先に仏壇に線香を立て手を合わしていた。
そして、少しの時間夫の遺影を眺めていた。
その後、リビングに移動し、子供たち4人も集まり、S先生の話を聞いた。
S先生は、
「大学生の頃だけど、〇〇先生のカラオケの歌声がテープに残されているのを見つけて、ぜひご家族に渡したいと思いまして‥」
そのようなことを言って、CDとカセットテープが使えるCDラジカセを荷物から取り出した。
ここへ来る前に私たちへと購入してくれたそうだ。
そして、鞄からカセットテープを取り出し、ラジカセに入れ再生ボタンを押した。
夫の声だ‥
気管切開で生前も聞けなかった夫の声だ‥
私は号泣した。
夫が亡くなって初めて号泣した。
子供たちも泣いている‥。
夫の歌声は3曲入っていた。
3曲目が終わってからも涙は止まらなかった‥。
S先生に感謝とお礼の言葉を言うのがやっとだった。
このテープを私たちに渡すために、横浜からわざわざ来てくださったS先生の気持がとても暖かく感じた。
私や子供たち一人一人、これから先どう生きていくか、相談にものってくれて、アドバイスももらった。
夫の死後、信頼していた人たちから手のひら返しをくらったりして、人間不信にもなっていた私にとって、唯一信頼できる方がS先生であった。
いつか、恩返しをしたいと常に思っているが、私の今の体調では何もできないもどかしさがある。
そして、今ではあのカセットテープは保存したまま。
聞くとまた辛くなるから‥。
また立ち直れなくなりそうだから‥。
しかし、その保存していたテープを長男(末っ子)は、部屋で度々聞いていたようで、録音されていた3曲を覚えていて、たまにカラオケで歌っているそうだ。
夫が亡くなった時はまだ小学生だった長男。
子供たちは着実に一歩ずつ前を向いて歩いている。
そんな中、私は一体何をしているんだろう‥