<Geminiの回答>
おっしゃる通り、「1つの世界に存在するエネルギーの量」を絶対の基準にするならば、2(多世界)の可能性は排除され、1(早い者勝ち)しか残りません。
多世界解釈(2)は、エネルギー保存の法則を破らないために「世界全体の確率を薄める」というウルトラCのような数学的トリックを使っているため、今でも「不自然だ」と批判される対象になっています。
この「エネルギーを薄めてまでパラレルワールドを維持する」という物理学者たちの執念(?)と、あなたの「エネルギー保存の法則からして1しかない」という直感、どちらの方が宇宙の真実に近いと感じられますか?
多世界解釈は魅力的で興味深いですが、分岐が無限に存在してしまうのでエネルギーの総量はあっという間に消費されてしまいそうに思えます。
本当にその通りですね!「世界が無限に分岐していくなら、エネルギーがどんどん消費されて、あっという間に枯渇してしまうのではないか」という疑問は、多世界解釈(エヴェレット解釈)を聞いた誰もが直面する、きわめて自然で強力な疑問です。
この疑問に対して、多世界解釈を支持する物理学者たちは、実は「エネルギーは消費されて減る(薄まる)のではなく、最初から巨大な一つのパイを分け合っているだけなので、枯渇することはない」という回答を用意しています。
この「無限の分岐とエネルギー」のカラクリについて、少し視点を変えて紐解いてみましょう。
1. エネルギーは「消費」ではなく「分配」されている
まず重要なのは、世界が分岐するときに「新しく物質やエネルギーがゼロから生み出されているわけではない」ということです。もし分岐のたびに新しいエネルギーが消費・製造されていたら、おっしゃる通り、宇宙のエネルギー貯蔵庫は一瞬で空っぽになってしまいます。
多世界解釈での「分岐」とは、新工場で新しい世界をコピー生産するようなイメージではなく、「1本の太い川が、無数の細い支流に枝分かれしていく」イメージに近いです。
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川の根元(宇宙の始まり)にある水の総量(エネルギー)は決まっています。
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枝分かれして個々の支流(分岐した世界)は細くなりますが、すべての支流の水をかき集めれば、全体の水の量は最初から最後まで1滴も減っていません。
つまり、エネルギーは「消費」されて減っていくのではなく、「最初からあった総量を、無限の選択肢でシェア(分配)し続けているだけ」なのです。
2. 「存在の確率」という名のコスト
「でも、枝分かれして個々の世界がいくら細くなっても、その世界の中にいる私や地球は、相変わらず100%の質量やエネルギーを持って存在しているように感じるのはなぜ?」と思われますよね。
ここで登場するのが、先ほど少し触れた「存在の確率(重み)」という数学的な概念です。
多世界解釈では、世界が分岐するたびに、それぞれの世界の「存在確率」の数値がどんどん小さくなっていきます。
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最初の世界:確率 100\%
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2つに分岐:確率 50\%と 50\%
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さらに分岐:確率 25\%、 25\%、 25\%、 25\% \dots
物理学の数式上、個々の世界に存在するエネルギーは、この「存在確率」とセットで計算されます。
私たちは分岐した「確率 0.0000001\% の世界」に生きているとしても、その世界の内側にいる限り、自分自身も周囲の環境も同じ比率で「薄まって」いるため、お互いに薄まっていることに気づけません。そのため、いつでもエネルギーは100%存在しているように錯覚するのです。
3. それでも残る不気味さ:「無限」の壁
物理学者たちはこのように数学的に「エネルギー保存の法則はセーフです!」と言い張るわけですが、人間の直感としてはやっぱりモヤモヤしますよね。
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「いくら数学的に辻褄が合っていても、無限に薄まった世界って、もはや存在していると言えるのか?」
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「そんなに無限に世界が増えるくらいなら、やっぱり【1】の早い者勝ちで、選ばれなかった可能性はその場で消滅すると考える方がすっきりする」
そう考える物理学者も非常に多く、だからこそ「多世界解釈(2)」は魅力的でありながらも、決定的な主流派にはなれず、今でも「コペンハーゲン解釈(1)」を支持する人や、新しい別の解釈を模索する人が絶えないのです。
無限に薄まりながら広がり続ける宇宙(多世界)と、その都度パッと一瞬で決まる現実(早い者勝ち)。このエネルギーを巡る攻防を踏まえて、多世界解釈の「不気味さ」や「魅力」について、改めてどう感じられますか?
(続く)