当たり前のことだけど、改めて整理整頓してみると、ですよ。
ちょいと上の図を見ながら、ご自身や知人のことを考えてみてください。
②と④の仕事があったのは昭和の時代まで。
現代は機械に取り上げられて、どっちもほとんど残ってない。
②なんて仮に僅かばかりあったとしても、
ほとんど目にする機会もなく奪われてしまいます。
②に比べれば④はまだ残ってる方かもしれないけど、
遅かれ早かれテクノロジーによって②同様、絶滅の道を辿ることでしょう。
①は特に優秀な人が優先的に持って行ってしまうので、
「そこそこ」止まりの「普通〜やや優秀」な人は
辛くて難易度の高い(つまり大変な)③の仕事を奪い合うことになります。
昭和の時代では考えられない事態です。
昔は③の仕事は大変な分、高給でした。
でも今は需要と供給のバランスが変わってしまったので、
大変であるにもかかわらず、給料は下落の一途であります。
じゃ、①も③も出来ない人はどうしているのでしょう?
希少な④を奪い合う以外にありません。
昔なら④はそれなりに数多くあって、社会の受け皿の役割を果たしてました。
でも、今や絶滅危惧種です。
では、その争奪戦に敗れたら?
待ってました。
今ホットな「自助、共助」云々の議論の出番であります。
本来、誰もやりたがらないような危険・汚い・キツい仕事は
やってもらえるだけでありがたい。
なので、せめて給料はそれなりにしとかないと
やり手が見つからない…はずでした。
給料が安いのは馬鹿でもできる簡単な仕事だけ…のはずでした。
現代は社会の受け皿はないし、ただ生きるだけでも大変になっちゃいました。
そこに来て、このコロナ騒動です。
おかしくならない方がおかしい。
ただ生き延びただけで大成功。
そんなサバイバルな暮らしが蔓延し常態化しているせいで、
まともな感覚なんて多くの人がすっかり麻痺。
何が本来正常な状況だったか、もはや分からなくなってます。
混沌はいずれ新しいバランスのもとで安定化するはず。
でも、それまでとにかく生き延びねばなりません。
命あっての物種であります。
君は、生き延びることができるか?

