「スロープをかける」ということ | おきつね通信

おきつね通信

天下御免で書きなぐる、フェネギーのブログであります。

梅雨だからしょうがないんですけど、スッキリしない天気が続いております。

自転車やバイクといった二輪車乗りにはもどかしいシーズンです。

 

そんな中でも、雨が止んだタイミングを狙ってパーツを交換したり

ちょいと近所を走りに出かけたりと、楽しみはそれなりに見出しております。

 

その「お楽しみ」の一環で、我が家にスロープを導入してみたのですよ。

 

段差解消プロジェクトとでも言いましょうか。

 

これが想像以上に良かったんです。

支払額から「1000円あたりで得られる満足度」を換算した場合

(略して「せんぞく度」としておきましょう)、段差解消ツールどもの「せんぞく度」は

かなり高かったのですよ。

 

逆に言えば、結構この「段差」に長年、無自覚にストレスを感じていたのかも。

 

 
人生における壁やギャップなんかにも、スロープをかけて
軽やかに超えて行けたらいいですよね。
 
まぁ、人生の中に立ちはだかる困難については、
タイミング的に自分の準備が整ってなくて、スロープをかけようにも
てんで歯が立たず、はね返されちゃう時もあるわけですけど。
(いっぱいあるわけですけど。)
 
そんな時は撤退する勇気も持ちたいものであります。
外野が無責任に「諦めるのか」だの「まだやれる」だの、「お前の本気はその程度か」だの
まくし立てても、ダメなときはダメなのです。
 
外野の言うことは適当ばっかです。
ほかにも「人生に本当のチャンスは一度きりだ」とか。
 
なんだよ、「本当のチャンス」って。
じゃあ「ニセモノのチャンス」もあるのかよ。
何だよ、「ニセモノのチャンス」って。
お前は「本当のチャンス」とやらと「ニセモノのチャンス」をどうやって見分けんだよ。
「一度きり」って、何を根拠に言ってんだよ。
 
突っ込みどころ満載です。
 
生きてる限り、可能性はゼロにならないわけですよね。
じゃあ、チャンスだってまた手繰り寄せられるかもしれないじゃないですか。
ジジイ、ババアになったって「知るか、関係ねーよ」って言って
しゃかりきにやってりゃ、棚ぼたがあるかもしれません。
 
何事もやってみなけりゃ分かりません。
何かやってみるから変化も生じるのです。
 
そもそも、勝手に「チャンスは一度きり」と決めつけるから
本当に一度きりになっちゃうんじゃないですかね。
それを自分のことで決めるならまだしも、他人に対してまで決めつけるなよ、と。
一人でやってろ、他人を巻き込むな、と。
 
「ちきしょーめ!今に見てろよ!」って逃げたっていいじゃないですか。
カッコ悪くたっていいじゃないですか。
体勢を立て直して何度でもぶつかってやれば、そのうち相手が根負けするかもしれません。
長生きして見苦しくしがみつきゃいいんです。
 
それに、粘り強く取り組んで、それでもダメだったら潔く撤退できるでしょう。
満足感や達成感は、何も成功者の独占物じゃないんですから。
 
 
しがみつくにせよ、ケツをまくるにせよ、
大切なのは自分の中の納得感だと思うんですよね。
 
「太く短く」とか遠慮じみたこと言わないで、
とことん人生にしがみついてやりゃあいいんじゃないでしょうか。
 
楽しいことがないんだったら、なおのこと。
楽しいことが得られるまで、人生にしがみついてやらなくちゃ。
せっかく生まれてきたんだし。
せっかくここまで生きてきたんだし。
 
で、必要に応じてスロープをかけ、乗り越えていく、と。
(アマゾンで4000円くらいで買えます。)