うっすらとした朝もやの中、自分のベッドで私は眠りについた。

おそらく、恋の始まりと終わりの間で、もっとも幸せな一瞬にちがいない。

それ以上、男を欲しもせず、かといって欠乏感も無い満たされた至福の時間。

この時間は、もう、この恋の後にも先にも、やってはこない、1度の恋につき、1度きりの神様の贈り物。
このときに、恋を終わらせる勇気があれば、誰も失恋という感情を経験することはない。

2度目からが、すべての事を決定付ける。浮気の定義も同じ.。

夫が2度以上同じ相手と交わらなければ、妻の権利を侵したことにはならないらしい。

女は1度では、男に執着しない。たいていは、何度もベッドを共にすることで、欲と執着に支配される哀しい生き物。

なぜ男は逆で、寝た回数だけ執着がなくなっていくのだろう。


目が覚めて時計を見ると10時を回っている。今日は仕事の予定はなく、そのまま車で上海まで帰るだけだ。
昨日の夜の事が、幻のように思える。上海に戻れば、いつものような生活が待っている。

紗枝から頼まれているサンプルの選別にヨーロッパにも出かけなければならない。

レンを除く、様々なことを思いめぐらせてみた。

どんな感情にもまだ、自分は犯されていない。そのことが私を安堵させた。

「私は大丈夫。」
すべてを洗い流すように、シャワーを浴びた。
レンのくれた幸せは、今シャワールームの排水溝に流されていく。
これでいいんだ。
もう一度つぶやく。
これで終わり。一度きりで終わらせる恋。私はこの恋を写真のように切り取って、一生の思い出に生きていこう。聞いたことのあるような台詞が浮かんで馬鹿馬鹿しいような気もしたが、声に出すのが一番の気がして

声に出してみた。
シャワールームに取り付けられた鏡に向かって、笑って言う。「お、わ、り。」
なぜだろう、何かがこみ上げてきて悲しくなった。

シャワー横に取り付けられたサイドミラーには私の悲しそうな顔が映っていた。
それを見たら、もっと悲しくなってきて、今度は、「わー、わー。」と声を上げて泣いた。

泣いても泣いても、涙も、声もシャワーにかき消されて、泣いているのか、どうかもわからなくなる。

泣きすぎて、子供のときみたいに、涙でしゃっくりが止まらない。
私に、まだこんな子供のような泣き方が出来る事にも驚いて、いっそう私は泣き続けた。





レンの半分乾いた巻き毛が私のあごに触れる。

私の胸元にレンの視線が移って、それからレンの唇がゆっくりと私の肌に触れる。

こんなことが以前にもあった気もする。多分夢にみたんだろう。

次第に私の身体の下の方へレンの唇が移動していく。

思わず私から抱きしめて、レンの動きを止めてしまいたい衝動に駆られた。それを、全身でレンは感じたのか、私の動きは彼の強い力で封じ込められてしまった。

私は身動きできない。その分だけ、私の体中の感覚が私の中で、暴れまわる。

髪の毛一本、一本の感じ方さえ識別できるほど研ぎ澄まされる私の感覚。
レンが欲しい。

そう思った瞬間、私の奥がレンのすべてで埋めつくされ,今まで感じたことのない感覚がつま先から、頭の先まで走って、出口のない私を追い詰めた。

目から涙があふれた。自分でも涙の意味がわからない。

レンを愛おしいという強い思いだけが私の全身を包む。同時にとてつもない怖さが私をおそった。

おそらく私が若ければ、感じなかった感情。一瞬ににして、先まで読み通せる知恵。

年齢とともに、付加される欲しくもない知恵が、私を恐怖させる。
この愛おしきものが、いつかは消えていく怖れ。

始めたら終わる。わかっていたはず。耳元で囁く私の分別。

今まで自分の中で蓄積された男に対する定義が一瞬に頭中を駆け巡る。

私の思いをさえぎるように、レンは子供を抱くように私を後ろから強く抱きしめた。

私は胎児のように丸まって「く」の字に曲げた彼の長いからだの中にすっぽりと納まる。

なんという安堵感と幸福。それと合わせ鏡のように付いてくる怖れ。

幸福感を「光」とするなら、怖れは「影」だろう。
気が付くと、1時間ほど眠ってしまったようだ。そのままの形で今度はレンが後ろから私の中に入ってきた。

ゆっくりと呼吸のように繰り返されるレンの動きに私の身体が再び目を覚ます。

私は押し寄せる「光」と「影」の狭間で、今度は幾度も泣いては果てた。


私はレンの部屋で無口だった。

私の座っている小さなソファーに、スポットライトみたいに間接照明が当てられていて、一人芝居の女優のように、私はレンの部屋で浮かびあがっていた。

レンは結婚している。こういう切羽詰った場面になってから、ようやく、そんな世間的な事象が頭をよぎる。
でも、いまさら、そんな制約が私たちの何に役立ち、何の妨げになるのか?
大人に対して、不良にならないように説教するのにも似ている。

すべては己の自己責任。妻の権利を侵した罪で愛人の女性が妻から訴えられるが、それも、90歳の愛人と85歳の夫と80歳の妻の間でも適用されるんだろうか?


レンが何か言ってくれるか、何か行動をおこしてくれるか、泣き出したいような気持ちでレンがシャワー室から出てくるのをこうして、私は座って待っている。

こうなることはわかっていたようで、わかりたくなかったようで。
私の不安は中学生のように馬鹿げていて、顔をあげるとバスローブを着たレンは私にビールを差し出しながら微笑んで立っていた。
「さあ。」とういうと、ビールをテーブルに置いて、泣いてる子供をあやす父親のように、私を抱きしめた。

私のこめかみのあたりにレンの濡れた巻き毛がはりつく。

その髪から落ちた水の雫が私の頬を涙みたいに伝って落ちた。

「はぁ。」私は思わず、そんな声を発した。多分実際は声は出なかったのかもしれない。

なんと表現したら言いのだろうか。

今日ライブで聞いた演奏のように、大きな流れに飲み込まれたような、諦めにも似た無力な感覚、それでいて、もといたところに戻っていくような安心感か、そしてこの流れから、またはじき出されるかもしれないという怖れ。

レンは私にとっての大河だ。

共に流されていくことに、諦めが伴う。

でいて、そのことが誇らしくもある。

私は一瞬の内に、彼の腕の中でレンの一部になる錯覚を覚える。

いつか聞いた音楽が催眠のように頭の中を流れている。

「得不至的愛情」だった。

この一瞬のレンは私のものだ。

誰も彼を見ることは出来ないし、彼も私以外を見ることは出来ない。

レンと私の間に誰も割り込ませないかのように私達の腕がぴったりと合わさっていて、時折触れる指先にさえ、私は動揺が隠せない。

「ワインのお代わりは?お姫様。」

冗談めかして、言う時のレンの目が好きだ。

左の眉を、やや上にあげて、小馬鹿にしたような顔で言う。

「オーストラリアワインの白がいいわ。」言ってからレンを見た。

レンは気付いてるだろうか、最初にレンと出合った時、皆で乾杯した時のことを。

レンはあの時、こう言った。

レンのかつての上司がワインの種類を選んでいる時だ。「僕はオーストラリアのホワイトワインを一緒に飲んだ人と恋に落ちてしまうんです。」レンの上司は、笑いながら、「今日の食事は、仕事が中心の集まりだから、恋に落ちられたら大変だ。今日は赤にしよう。」

皆が一斉に笑った。
運ばれてきたワインは冷えていて、フルーティな味わいで飲みやすい。

レンは恋に落ちてくれるのかしら。

いっそこのまま、夜が終わらなければいいのに。

恋の始まりに思うことは誰でもいつでも、使い古された同じ台詞の繰り返しだ。

恋心も皆一様におなじなんだろう。
不幸はそれぞれに不幸だが、幸せは皆似通っている。

同じように失恋は様々だろうけれど、恋の成就は一様に似通っているんだろう。
太古から受け継がれた人々の恋心。

今その連鎖の中にレンと私が数珠繋ぎの途中に存在している。

皆と同じであることが、これほど幸せに思えたことは、一度もなかった。

きっと、若い時に今のような感覚を得たならば、その時に私は結婚して子供を産んでいたに違いない。皆と同じ連鎖の中にいる自分を誇れただろう。

遅すぎると思う事さえも遅すぎて、コントのようにおかしくて、「ふふ。」思わず自虐の気持ちもあって笑ってしまった。

レンが「どうしたの?」私の顔を覗き込む。

もう、数センチで私とレンの唇は一つになりそうな距離だ。

フルーティなワインの香りが白くレンから立ちのぼる。

私が、ふとレンの唇に視線を移した瞬間、わずかだった明かりが、レンの顔にさえぎられ、彼の唇の柔らかさと白ワインの香りだけが私の知覚のすべてになった。

私たちの受け継がれた遺伝子も太古にどこかで出会っているかもしれない。

遺伝子達が、それを覚えていて、どうしようもなく一つになりたがるのかもしれない。

彼の口付けを受けながらそんなことを思った。

レストランといっても、中国の古典楽器を中心にしたライブを行う無国籍料理の洒落た店で、明らかに外国人を顧客に設定した、静かで洗練された場所であった。


レンの予約した席は、イタリアのオペラ風のシャンデリアがすぐ手の届きそうな、2階席で、ライブのステージを上から見下ろせる場所にあたる。

小さな階段を何回も登った気がする。

1階でも充分楽しめただろう。様々に嗜好を凝らした席が作られている。

隠れ家的に完璧に照明を落としてある点も恋人向けに作られている。

上に上がるとソファーがステージに向けられて配置されているものの、薄暗い中にキャンドルとほの暗いシャンデリアが唯一我々の顔を識別できる明るさを提供しているのみで、完全なプライベートの中で演奏が楽しめるようになっていた。

私たちは最初はテーブルで、ステーキとワインを堪能し、途中でソファーの席に移る。

9時から演奏が始まった。最初は横笛と二胡と琵琶のような楽器とシンセサイザーによる競演だ。次第に、個々の演奏へと移り、ソロの腕が披露される。演奏家は若く年長でも35才ぐらいか。

そのうちに私たちは心地よい酔いと、まったりとした演奏の中で、二人の感覚が一つに解け合い、油壷の底に沈んでいくような錯覚を覚えた。


古から受け継がれた楽器。その楽器を使って、古(いにしえ)の曲を今風にアレンジしながら、一層の斬新さをもって古代の悠久の流れを同時に与えてくれる演奏。

自分が延々と続いていく歴史の中の1粒であるという感覚を教えられる。
音と共存する心地よさとでもいうのだろうか。

その心地よさに漂いながら、日本にもそんな音楽が存在するのか?ふと、考える。

私には覚えがない。古きよきものは古きよきものとして残っている。

しかし、このような形で今と溶け合って、さらにその古を感じさせながら、国境を超えて人々を楽しませる国楽は少ない気がする。

そうしてみると、音楽一つをとってみても、中国と言う国は、西洋に対峙する東洋の代表であると認めざるを得ない。そう思うほかない。

「お客様、ワインのお代わりは?」ウエイターが蘇州語で聞いてくる。
赤いキャンドルの光がレンのそぎ落とされたような頬を照らしている。

「今日は1時までは飲みますからね。」いたずらっ子のような目でレンが言う。