先週水曜日に、ドイツの政情不安とEUの行く末を憂える「メルケルの凋落とEUの危機」と題する記事を掲載したところでしたが、その後も、会員制情報サイトであるForesightでは、「メルケル後」の動きが加速していることを報じています(『終焉間近の「メルケル12年」と「メルケル後」』、『ついに始まった「メルケル後」思惑含みの激動』)。
これらの記事では、メルケルの政治姿勢を次のように評しています。
つまり、メルケル流政治手法を最も特徴的に説明するものが「旗幟を鮮明にしない」ということである。2005年の総選挙で、メルケル氏は累進課税をよりフラットにすべきだと、時のゲアハルト・シュレーダー首相に迫った。その選挙で手痛い洗礼を受けたメルケル氏が悟ったのが、自ら先頭に立ち進むべき方向を明らかにしてはいけない、ということだった。
かくて、国を挙げての論争が巻き起こっても、メルケル首相はじっと待つ。「待ちの政治」である。やがて論争に一定の方向性が見えてくる。その頃になってようやく腰を上げ、方針を決定する。その時の理由が「他に方法はあるのか」である。こうやって、政治が争いを繰り広げる中にあって、自らは努めて争いから距離を保ち、局外を保ち続ける。論争を煽ることなく、それが鎮静化していくのを待つ。その結果、ドイツはこの12年、よく言えば、対立を先鋭化せずに済んだ。
しかし、立場を不鮮明にし、価値中立的立場をとり続けることで、論争になるような改革や変化は望まず、対立するような争点を明確にすることを回避し、現状維持を続けてきた結果として、EUへの難民の大量流入という国家・社会を揺るがすような大きな問題に遭遇したときに、人道主義に基づく難民受入れを自国だけでなく、EU諸国も運命共同体にしようと躍起になりすぎ、今日の混迷を産み出す遠因となったと考えています。
同記事では、メルケル在任中のドイツ経済が絶好調であったことを、次のように紹介しています。
実際、この12年間、景気は良好、財政黒字は550億ドルに達し、失業率はかつてないほど低下、EU(欧州連合)の中でドイツは比類ないまでに存在感を高めた。ドイツ国民は、メルケル首相の統治の下で繁栄とプライドを謳歌した。
だが、そのドイツ経済の好景気も、ドイツ企業の競争力の賜物というよりは、EU経済圏における市場拡大や原材料・労働力の調達等による恩恵があったことは、多少、ヨーロッパ経済論を学んでいる者にとっては周知の事実。
ドイツ経済の繁栄は、EU諸国との連帯とともにあったと言っても過言ではないと思いますが、一時からドイツはEU諸国の上に君臨する君主国のような存在になってしまいました。
言い換えるならば、EUによる経済的利益はドイツは大いに享受するものの、難民問題のような大きな問題に対しては、EU諸国で按分負担にしようという、利益と負担のアンバランスを追求したのがドイツで、そのドイツに対する不信感はEU諸国の国民に着実に育ちつつありました。
そんなドイツの姿勢を顕著に表したのが、ギリシア債務危機時におけるギリシアへの経済支援に対する"Too late, too small." な対応。。
歴史小説家の塩野七生も著書『逆襲される文明』所収の「なぜ、ドイツ人は嫌われるのか」というコラムの中で、ドイツにはEUの指導力を発揮する勇気が、歴史的にも、気質的にもないと断言しています。
勝っていながら「譲る」とは、敗者の立場にも立って考えるということで、これはもう想像力の問題であり、「一寸の虫にも五分の魂」があることを理解する、感受性の問題でもある。
徹底的に相手を打ちのめすのでは、勝ちはしても、その相手まで巻きこんでの新秩序づくりはできない。つまり、多民族から成る共同体のリーダーにはなれない。
債務危機から脱しようとするギリシアに対して、ドイツ政府は「債務危機に陥ったのはギリシア国民の怠慢が原因。各国政府からの財政支援の前に、財政支出の大幅カットを前提とした構造改革を行うべし」という厳しい姿勢で臨みました。
その姿勢は、アジア経済危機の時に、危機に陥ったアジア各国に対して米国政府やIMFが採用した、間違った政策アプローチを想起させました。
今、私の手元には雑誌『クーリエ・ジャポン』の2015年4月号に掲載された『「東独育ち」「女性」「理系」・・・弱みを武器に変えたメルケルの半生』と題する記事があります。
メルケルの半生は苦難と努力の半生であり、彼女自身はそれを克服した女性であるとともに、国民から「ムッティ(おかあさん)」と呼ばれており、慎重な姿勢と倹約の精神で、国民の大多数から支持されていると。
ドイツ国内ではそれで良しとしても、多様な民族・文化・宗教・慣習などで成り立つEUをまとめていくためにはドイツ流で押し通すわけにはいかないはずです。
そんな無理を重ねてきたことが、イギリスのEU離脱や、EU内における右派の台頭という事態を引き起こしているのではないでしょうか。
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