12月7日 二十六夜 0:29-12:52
お金のことではないです。
1度、職場の互助会から200万円借りたことがありましたが、支払することに飽きてしまって、数か月後、返してしまいました。借りるときに、上司に心配されましたが、払い下げの水路を買う必要が出来てと説明したら何も言われませんでした。水路のことは本当です。自宅の土地を割るように水路が流れていて、そこを買うか打診されました。親が買っても良かったのですが、同じお金を出すならいずれ相続のことを考えて私名義にしておく方が良いとケチりました。
これが相続のときにステキな作用をしました。1mの幅も無いような水路ですが、親の土地を分断したことで、道路に面していない方の土地の価値が相当に低くて、相続税も道路側の土地よりお安くなりました。ここまで考えていなかったんですが。
ちなみに、お金を借りたのは、お金を借りる人の気持ちが知りたかったから、です。でも、地道に返すという忍耐力が無かったので、私には向いていませんでした。
本当に想像力が無くて。数十年、自宅から通える場所でしか転勤したことが無かったので、住居をかえて転勤して来る同僚たちの気持ちや大変さが解っていませんでした。
実際に単身赴任してみて、転居することの大変さを初めて知りました。3月末にバタバタと転居して4月1日に着任する同僚たちへの気持ちへの共感(表向きは変わりませんが)が出来たのは、転居を経験し自宅に戻ってきたのちのことです。
親切を受けたら、「ありがとう」の他に、自分で出来ることで相手の親切に報いるように心がけています。
お中元やお歳暮も、たとえビジネス相手からの義理でも必ず返すようにしています。感覚的にはシーソーみたいなもの、です。
お金も無いので、義理の付き合いは、最小限にしています。
人間関係に関しては、親が壁になっていたことで、今まで漠然と生きてきましたが、自身が矢面に立つようになって、人を観る、見えない気持ちのニュアンスを感じるよう、錆びた感性を磨き始めたことろです。
見えない心遣いを、見逃したら、心遣いを返せないですし。返せないって、負債だと思っているし。やさしさでも思いやりでも、受けたものはそれ以上に返したい、と思っています。返すことが出来るのは、幸運なことでもありますね。
