友人が貸してくれた80枚のCDの中にあったタイトルです。正直、私だったらこのCDの存在に気付きもしなかったと思います。
“Media vita” はラテン語(中世ラテン)で、直訳すると 「生のただ中で」、文脈的には 「死のただ中にあって、われらは命の中にいる」 という意味を持つ表現です。
典拠:中世の聖歌 Media vita in morte sumus
(「われらは死の中にありて、生のただ中にいる」)
この句は 11〜12世紀頃からヨーロッパで広く歌われ、死の恐怖・人間の弱さ・神への嘆願を象徴するテキストとして知られています。
Media vita の意味の核心は、
=「生のただ中で」
=「生きている最中に」
=「生の中心にありながら」
ですが、しかし、この語は単独では不完全で、本来は次の句とセットで意味が完成します。
Media vita in morte sumus
「生のただ中にあって、われらは死の中にいる」
つまり、
“生と死が同時に存在する人間の状態” を示す、非常に象徴的で深い表現です。
宗教的・哲学的ニュアンスで言うと、
「人間は生きているが、死は常に隣にある」
「生の中心に死が潜む」
「死の恐れの中で、救いを求める」
「“有限性の自覚”が祈りを生む」(以上、解説は Copilot先生)
友人が貸してくれるCDは、レクイエムとかミサとかスタバトマーテルとか宗教系が多いのですが、これらを聴いていると、キリスト教圏で生まれ生きている人というのは、神さまが抱えている普遍的な課題「永遠に己を存在させる」に素直に自然に向き合っているような気がします。
実際にはこの世での存在には制限があるので、永遠の命とかいろいろ考えるのでしょう。ラテン語で歌詞があって、それを多くの作曲家がメロディを付けています。
考え方に限界があると言うものの、考えることが出来る環境があること、共通認識があることは、ある意味では、生きやすい所もあるのかな、と感じました。
【本日のちゃむ嬢】
ちゃむ部屋(仏間)のTVを見ながら朝ご飯を食べていたら、ちゃむはいつの間にか、山小屋(私の部屋)の私のベッドに居た。
私も横になったら眠っちゃって、起きたら、ちゃむは、ちゃむ部屋に戻っていた。
・・・嫌われている訳ではないと思うんだけどなー。






















