昨日、

世田谷美術館に

刺繍の大先輩の

天野さんの個展を拝見しました。

 

天野寛子フリー刺繍画展&

「みんなのたからもの」ししゅう高田松原タペストリー展

 

 

 

トークサロンで

講演会もあると言うことで

お話を伺うことができました。

 

 

 

 

 

 

 

天野さんの個展の度に作品を拝見させていましたが

 

東日本大震災の後

作風がガラッと変わりました。

 

震災の時の新聞記事や

被災者の方の短歌などを

表現されるようになりました。

 

新聞の文字を 刺繍に

って わかります?

 

 

文字を 刺繍するって

大変な作業だったと思うのです。

 

そんな中

「高田松原の一本松の刺繍を募集しているのよ」と

お誘いを受けました。

 

その時には イメージが全く浮かばなかったのですが。

 

それから 数年

 

天野さんの活動が

いろんな人の心を動かし

被災地に足を運び

ワークショップをしたりするうちに

それが プロジェクトになっていきました。

 

 

741枚の高田松原の思い出を集めたししゅう展

 

 

全国 そして 海外からも

参加されているそうです。

 

天野さんの活動

昨年は ニューヨークでも

展示されて 行かれていて

すごいな〜と 思っていました。

 

その活動の経緯を

このトークサロンで 聞くことができました。

 

その中で

被災地で ワークショップをした時のお話が

印象的でした

 

災害後、引きこもってふさぎこんでいる人が多い

 

そんな人が

こう言う場に出てきて

周りの人と お話をすること

 

作品が出来ても出来なくてもそんなことはどうでもよくて

その日のことや

たわいのないことなど

針仕事で手を動かしながら

語る

 

そう言う場があること

それが復興につながる

 

 

「繋がり」

 

って そう言うところから生まれてくる

 

 

 

天野さんの他に

音楽学校の先生や

大学生の現地報告レポートなどもありました

 

 

過去・現在・未来

 

と言う観点からのトークで

 

この震災から何を学んで

未来に繋げていくか

 

それがテーマの一つだったのです。

 

 

東日本大震災の時に中学生だった大学生たち

その人たちは 

阪神・淡路大震災の時には まだ生まれてない

 

そんな彼女たちにとって

東日本大震災での教訓を

どう活かして

語り継いでいくのか

 

越前高田市の 戸羽市長さんのインタビューでも

お話しされていたのですが、

 

ここで こうして

この震災のことを知ろうとしているけれど

 

それを 自分ゴトとして考えていかないといけない

 

 

どう言うことかと言うと、

 

いつか 起こりうる震災が 自分の身に起こった時に

どう動くか

 

それを ちゃんと考えて

動けるようにしておかなければ

ここで学んだ意味がないと言うようなことでした。

 

その一つが

自分が住んでいるところで

 

困った時に 声をかけ合える人がいるか

話ができる場を 普段から作っておくこと

 

 

天野さんの言葉

 

<繋がり>は難しい。

プライバシーに入り込まれて困るほどに

繋がるのではなく、

しかし

災害時や非常時に助け合える<繋がり>は

常にもちづづけておかねばならない。

そう言う日常生活を 維持していかねばならない。

 

 

 

 

 

 

明日は

3.11

 

今一度

 

いろんなことを 考えるきっかけに

出来たらと 思います。

 

ありがとうございました。