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特に気になったのは2人目の方の発表。独特の空気感を持っていました。ゆるーい感じというか優しく包み込まれる感覚というか、でも人に対して敏感だからこそ感じた事、考えた事を言葉に凝縮させた重みのあるのある喋り方でした。ふわふわとしているはずなのに空気が濃密になっていく感覚。僕とは対極で空気を作っていく人だなと非常に興味を持ちました。
その人が言っていた話。
「私は鍾乳洞で赤い石を買いました。頭で考えてではなく、直感でこれを持たなければならないと思ったからです。だから今でもずっと肌身離さず持っています。でもこれを友達にいうとバカにされます。でも、メンタルの人たちは真剣に聞いてくれます。だから私は私でいいと思え、今の私を大切にできるのだと思います。」
人を否定せずに、認めあえる場。そのお互いに対する尊敬・尊重が人を成長に導いてくれるのだと共感しました。他人には分からないかもしれないけど、彼女にとってはその石は自分とって大切なものだった。人がどう思おうが自分の感覚は自分の感覚。自分を成長させるためには、自分自身の感覚と繋がらなければならない。何故なら、人はそれぞれ個人にしかないオリジナリティを持って生まれてきたから。その感覚を認めてあげることで、人は自信を持ち、 自分らしくオリジナリティを持って成長するのだと思います。
この彼女の独特の空気感。赤い石の話が本当に意味があるのではないかと思わせる程の、喋り内容の濃さ。本当にどれも刺激的でした。衛藤先生もこの年は3人が3人とも素晴らしい内容で、本当に恵まれているとおっしゃられていました。
そして先生が最後に言った言葉。「僕が皆さんに伝えてきた事、僕以上に僕のマインドを皆さんは受け取ってくれています。そして自分たちで成長して行く術を身につけたと思います。その瞬間、我々カウンセラーは必要となくなるのです。」
この言葉が今でも胸に残ります。
私の子どもたちに対する意識、まさにこの言葉通りです。
衛藤先生は私の指導者像そのものです。
これからも研究コースで心理学を学んでいきたいと思います。
『子どもたちに、輝きを魅せられるように。』
以上
最近周りからよく言われることですが、3回生の夏から自分の雰囲気が大きく変わりました。なんというか、以前の自分は本当に自分しか見ていなかったのだと、自分に余裕がなかったのだと感じます。常に自分の意識だけに捕われ、認められなければ感情に呑まれる。この繰り返しでした。感情の起伏が激しくテンションが上がったり下がったり、そして否定されることの恐怖からつい攻撃的になったり。
客観的に見たら、とても一緒に居づらい性格ですね。でも、あの頃の自分は本当になぜ自分が周りから認められないのか分かっていませんでした。自分が他人を理解しようとしていないのに、他人が自分を理解してくれるはずないですよね。中には他人に流されず、自分の感覚だけを大切したほうが良いと言う人もいますが、私は自分という存在を確立させるためにもまず、他人を理解することが大切なように感じます。
今の社会性にも繋がることですが、良い学校に行こうと勉学に励んだり、強くなるためにスポーツを極めたり、良い業績を残すために仕事に励んだり、この社会で生きていくことの最大のモチベーションは人から認められることだと思います。そうであるならば、対人関係は切っても切れないものになってきます。いくら自分の感覚だけで生き抜こうとしても、極論をすれば結局はそれも他人に認めてもらう事に繋がっています。なので、自分が認めてもらう為にもまず他人を理解すること。なぜ他人を理解しなければならないかというと、他人というのは自分のリアリティを映し出してくれる存在だからです。自分の感覚を実際に場に出した時に、どのように他人の感覚とズレが生じるのか、これがリアリティです。このリアリティが、他人にから認めてもらう為のキーとなると思います。つまり、自分を認めてもらうためには、自分の感覚が相手にどのように受け取られているのかを認識しておく必要があるということです。
僕が変わったと言われるのはこの点にあって、他人に対して「離別感(自分と他人の感覚は別だということ)」を持つようになりました。そうすると、リアリティに気づくのです。自分がいくら思っていても、他人の受け取り方は違うのだということに気づくのです。そこから意識が変わり、何をするにもまず相手を理解することから始めるようになりました。そうすると、なぜ自分を理解してくれないの?という否定感情がなくなりました。相手の反応は今自分を映し出してくれるので、これが今の自分のリアリティなのだと肯定的に受け取れるようになったのです。これにより攻撃的な部分も薄くなり、他人が近づきやすい雰囲気へと繋がっていったのだと思います。
でも私は実は、自分の考え・意見に自信を持っていたから攻撃的だったのではありません。むしろこの攻撃的な自分というのは私にとってかなりのコンプレックスでした。自分が正しいわけでもないのに偉そうな自分が許せず、毎日悩んでいました。
だから今こうして変われているのです。コンプレックスは最大の向上心。
「弱みを強みへ」
とても弱い私だからこそ、この言葉の重みを感じることができます。
だから今でも私は、ダメな部分や、弱い部分を見つけると、ゾクゾクするのです。
-以上-