手術以来、転びやすくなっています。

少しづずつ良くなってきている感じがしていたのですが

急に寒さが厳しくなるにつれて、

またよく転ぶようになりました。

 

アスファルトやタイルの上は割と平気なのですが

会社は絨毯敷きで、靴で歩くと引っかかりやすいんです。

寒い中、出社したばかりの時間は体がこわばっていて、

気を付けていても、ふと気を抜いた瞬間に

コロンと転んでしまいます。

 

朝、目覚めて起き上がるときもダメですね。

暫く体が安定しなくて、

右足に体重を載せるたびに何度もふらついては

転びかけたり しゃがんだりを繰り返して

出かける支度を始めるまでに時間がかかります。

 

 

その時間が日々長くなっていきます。

1分、3分、5分、今朝は10分かかりました。

年々早起きになり(^^;ゞ、6時前には起きるので

遅刻する心配は全くないんですが

 

早く暖かくならないかなーって、

まだ冬は始まったばかりだろ(^^;)

 

 

だんだんと要求レベルが下がっていきます。

ギターが弾けるようになりたくて手術を受けたけど、

 

今は手のことより、

朝、すっと立ち上がれるようになりたい。

足元を気にせず歩けるようになりたい。

 

ひたすらそう思うようになりました。

 

 

といっても、1か月半経っていますが・・・

 

入院中に決められた日です。

 

「月初は忙しいから月末にしてほしい」と栗原先生にお願いして
あっさりOKが出て安堵していたのに、
退院の時にもらった予約表は月初になっていました。

 

慌てて月末への変更をお願いしたのですが
「やっぱり平先生は忙しくて」 と断られてしまいました。

 

「ま、いっか 何とかなるでしょ・・・」

と渋々了承したのが大きな間違い。

今日の午後半休を取るために どれだけ苦労したことか・・・

 

 

前置きが長くなりましたが

 

 

診察では
できるようになったことからお話ししました。

 

「傘がまっすぐ持てるようになりました」
「歯ブラシがどうにか使えるようになりました」

 

平先生

 

「落ち着いてきてますよね? ちょうど落ち着いてくる頃です。
もっと良くなっていきますから。」

 

ペンで丸を描いた。同じ軌跡をグルグルグルと。
とてもゆっくりだけど、うまく描けた。

 

「右足の方も良くなってきてますよね?」
 →はい。杖をつくことはなくなりました。(踵は引きずってるけどね)

 

「人差し指どうしを合わせてみてください。問題ないですね?」
 →問題ないです(手術直後からできる)

 

「手拍子は?できますね?」
 →はい。できます。(ひたすら手拍子しながら手術したからね)

 

「次回はもっと良くなってますから楽しみにしましょう。
最後に、頭の傷を見せてください。」
 →なかなか毛が生えてこないんですけど(笑)

 

「たしかにちょっと遅いですね。そのうち生えますよ。
いつまでもハゲじゃないですから心配しないでください。」
 →逆分けにして隠してますから全然問題ないです。(笑)

 

「ショックでしょうけど、良くなりますから」
 →はい。最初はとってもにショックでしたけど(と続けようとしたが)

 

「良くなりますからね。それでは次回は12月に」

 


テンポの速い会話で、10分ほどで診察終了。

 

 

ほんとはね

「最初はとってもにショックでしたけど、
"ようやく現実を受け入れられるようになりました"」
と言うつもりだったんです。


それに、他に話したいこともありました。

 

・ 瞬発力を失って、何をするにも苦労していること
・ その機序を知りたい
・ 瞬発力を上げるのに効果的なリハビリ方法はないか

 

最低限このぐらいは尋ねるつもりでした。

 

 

でも、「よくなってます。必ずよくなります」 という話の流れを
無理やり変えるのもめんどうで・・・


ま、どうせ なるようにしかならんし。

何と言ってみたところで、自分が頑張る以外に打開策はない。

 

 

外に出たら雨が降っていました。

右手で傘をさしました。

 

今さらですが

定位脳手術の前日・当日の記録を残しておきたいと思います。

 

 

手術前日  手術説明

(手術説明書でわかっていることは省略。手術説明書はネット上でも公開されている)

 

手術は西B棟(病室と同じ棟)の2階で行う
手術例は過去200例ほどある

(後日追記: 200例の中にはおそらく書字振戦患者も数多く含まれていますし、

 楽器奏者もいろんな楽器の人が混じっています。右の症例も左の症例も。)

 

電極棒を刺す深さはだいたい7~8センチぐらいである。
0.1ミリ単位の精度で目的箇所に到達できる。

(後日追記: 数字を切り取っていくのが好きな人いますね。

 電極を刺す深さなんて、頭の大きさによって違うでしょうに、お馬鹿ですね(笑) )

 

フレーム取り付けの際、最初の5分ほど痛い。あとは麻酔で痛まない。
脳には感覚神経はないので、脳自体は痛まない。

 

焼いた周囲の浮腫により一時的な後遺症が起きる。
浮腫は予測がつかない。2~3割の人に起きる。2~3週間続く。
私の場合、右手のための手術なので、右の緊張を解くことにより
右全体の力が抜ける可能性がある。

そうなった場合、3か月間ほど続く。

 

(後日追記: 私の場合、3ヶ月ではほとんど改善なく、この追記をした術後10ヶ月でも障害は残っています。

 また、腕の制御が効かず苦労しています。これは手術説明になかったことです。

 2年半たっても呂律にかなりの障害が残っている人もいます。)

 

今年に入って再発ゼロ。
最近少しやり方を変えて、成果が上がっている。
(どういうやり方かは聞かなかった)
ここ1か月ほどの手術例では一発目の凝固で効果が出ている。

 

(後日追記:  この「新しいやり方」というのが障害に影響している気がします。

 2~3年前の手術と今とでは状況が違うかもしれません。)

 

焼く温度は70度(脳細胞は55度で壊れる)
熱の伝わり方の個人差で、壊れる範囲の残り方が変わる。
残り方が小さくなりすぎると再発につながる。
若い人が再発しやすい傾向がある。

 

手術でジストニアが消えても
運動プログラムまでは改善できない。
リハビリは必要となる。

 

 

夕食後に看護師さんが手術同意書を持ってこられて
サインをした。

 

 

 

9月16日 手術当日

 

7:15 病室に近い別室で処置開始。

眉毛上に麻酔注射の前の痛み止めを貼る。
フレームが食い込む部分に麻酔の注射。

フレームの装着。

 

8時ごろ MRI撮影に向かう
MRIは時間がかかったが順調に終了。
看護師さんがMRI室の人にCTの検査表を渡されて、レントゲン室に向かう

 

レントゲン室に着くなり、レントゲン技師に
「えー!?今来る~!? 何で今なの? これからICUの患者を入れるとこなのにさあ」
と言われる。
別の人から「前もって電話もらえると有り難いです」と、きつい口調で言われる。
しかし、それは変ではないか。検査表は渡されていた。

 

 (後日追記:  女子医大病院で起きたことは他にもいくつかあります

  平チームとは別の問題です。)

 

私をレントゲン室に連れてきてくれた看護師とレントゲン技師との間で

ずいぶんもめて、

一度はすぐCTを撮ることになったが
結局、あと回しに決定。

 

看護師さんに「ここでは落ち着きませんからいったん戻りましょうか」と言われ
病室に戻る。

9時半を過ぎており、
「これでは10時に手術室なんて無理ですね」と肩を落とす。

 

 

そこに手術室からお迎えが来た。

「さあ~、それでは手術室に行きましょう~  (^_^)  」

 

「まだCT撮ってないし、行けないですよ...(-_-;) 」と私が答える。
お迎えの人、「えっ」 と 絶句して、「ちょっと待ってください」 と
出ていかれる。

 

暫くして、いきなり、
「CTは撮らなくて良いそうですから手術室へ」
と言われ、慌てる。

 

(後日追記:  CTを撮れば余計な被曝と医療費。撮らなくていいものは断りましょう。)

 

忘れ物をした。

 

・ 指の確認事項を書いたメモ
・ 確認用の鏡
・ 手術室で流してもらうCD

 

全部忘れた

あやうくギターも忘れるところだった。

 

(ちなみに、「手術中に流したいCDはありますか?」というようなことは

一切尋ねてもらえない。手術室に着いたらピアノのCDが流れていた。)

 

 

手術

 

予定通り、10時に手術は始まったようである。

「じゃあ、ちょっと剃らせていただきますね。」
と、ザザザッと素早く剃られ
メスが入れられたようだ。

 

電動ドリルのすごい音のあと、
しゅぽん  という感じがして、
頭蓋骨に穴が開いたことがわかった。

 

開頭後、何か弾き続けるよう言われ、
ブレリアのリズムを弾いていたら、
一発目の刺激を与えられたらしく
リズムが軽くなった感じがした。

 

平先生が
「お、音色が明らかに変わった。」とおっしゃった。
「これで確信を得たな」 というようなことも おっしゃったと思う。
確信とは"新しいやり方"の成果ことだろうか(?)

 

ここまで15分ぐらいだろうか。
わからないが、あっというまのように感じた。

 

(後日追記:  鍼治療のごとくスルスルと、かなり進行が速いのは確かです。

 

ブレリアのリズムがいきなり弾けてしまった。
だけど確認事項のメモを忘れた。内容を思い出そうとしたが
どうしても思い出せなかった。


ソレアのリズムの4本指4連奏法を弾いたら とてもうまくいった。
「これができなかったんですよね~」と悦に入っていたら
「"これが"って言われてもねぇ」と平先生に苦笑された。

 


そのあとたぶん、「これぐらいでどうですか?」と訊かれたんだと思う。
手を見たらまだ中指と薬指が少し曲がり込んでいた。
両手を目の前に掲げたまま
気になって、「う~ん」と唸っていたのは覚えている。
どうしたらよいかわからず、頭が真っ白だったと思う。

 

自分から何か具体的に頼んだだろうか。
ひょっとすると「曲がった指はどうにかなりませんか?」ぐらい言ったのかもしれない。

このへんの成り行きは全く覚えていない。

 

 

「よし!」 と言われて作業が再会されたと記憶している。
 

たぶん、電極を一度抜いて刺し直したんだろうな という感覚があったが
実際はどうだったのかわからない。

 

 

自分のメモで確認すべきだった事項が全く確認できないまま、
手術は次の段階に進んでいった。

 

「手を叩きながらパンパンパンと言ってください」と言われた。
口に麻痺が出てないことを確認しながら進めるためだ。

手術はひたすら、パンパンパンで進んでいった。


「もっと大きな声で、ここは頑張りどころですよ!!」と言われ、
「パンパンパンパン パンパンパンパン パンパンパンパン」
ひたすら言い続け、手拍子を続けた。

 

確認事項のメモのことが頭をよぎりつつも、
思い出せないものは仕方ないし、手術はどんどん続いていた。
これをどこまで続けるのか、次にどういう段階が待っているのか

わからなかった。不安だった。

 


どのぐらい時間が経ったかわからない。
曲がっていた指は徐々に伸びていった。

 

平先生が
「さあ、そろそろ終わりにしましょう。怖いのでね。」
と言われた。

正直、ほっとした。


そのまま手術は終わった。

 


つまり、ギターで確認したのは最初だけなのだ。
あとはずっと手拍子だけだった。

 

まさか、こんな終わり方をするとは予想していなかったが

最初にギターが弾けたのだし、最後に手は開いたのだから

手術は大成功!と思った。

 

 

 

病室に戻った。
時間を記録しておこうと思って、妻にメモ帳をとるよう頼み
字を書いた時に全く書けなかった。(12:30)
「俺、ひょっとしてギターしか弾けない体になったかもね」
と笑った。
「それはそれでいいじゃない?」 と妻も笑った。

 

 

何もできない手になっていることに気づいたのは
翌日の昼前のことだった。
何だか変
まるでパーキンソン病になったような…
何とも言いようがない。
ぶれるような、固まって動かないような。


ギターは
アルペジオを弾こうにも
親指が1本の弦を弾くことができず、

3~4本同時にバランと弾いて、留まるべき位置から行き過ぎてしまい、

元の位置に戻れず激しく震える。

(震えというより、腕がガックンガックンと上下する)

 

 (後日追記: 腕がガックンガックンする状態は術後10ヶ月においても時々起こります)

 

他の指も全て、複数弦を同時に弾いてしまって元の位置に戻れないし

人差し指で往復の掻き鳴らしをしようとしても、
6弦で親指の支えがとれない。


ズボンのポケットになかなか物が入れられない。
小銭が 以前にも増してつかみにくい。
箸もうまく使えない。手の位置がブレてしまう。

風呂で体がうまく洗えない。手が勝手に右へ左へとブレる。
歯ブラシがうまく使えない。喉に突っ込んでしまう。

 


しかし、手拍子だけはうまくできる。

 

 

手術記録 以上

 

 

 

 

手術を受けられる方は私のような失敗をしないよう、

用意したものは朝一番に無理やりにでも看護師に預け、

確認事項は自分の頭によく叩きこんで、何ならマジックで自分の手に書きこんで、

CTやレントゲンで不測の事態が起きても 何が起きても 冷静に待ち、

(後日追記:  CTを撮れば余計な被曝と医療費。撮らなくていいものは断りましょう。)

手術で同じことがずっと続く場合は

「これはどのぐらい続けるのですか?」 とか

「次はどういうことをするのですか?」 とか

しっかりコミュニケーションを取りながら進めることを

お勧めします。

 

私は今、手術のお蔭でジストニアではなくなっていると思います。

指自体は屈筋と伸筋が拮抗するようなことはありません。

でも、ジストニアより不自由な状況に陥っていることも間違いありません。

どういう機序でこういうことになっているのかはわかりません。

(後日追記:  結局10ヶ月で再発しました。程度はまだ軽いですが。

 体は不自由なままです。)

 

これから何か改善があるたびに

書きこんでいきます。

 

 

定位脳手術後、手拍子以外はほんとに何もできない手になっていましたが
徐々にできることが増えてきました。

 

傘が右手でまっすぐ持てるようになった。
傘を左右に持ち替えられないのは意外と辛いもので、
雨の日に両手が使えるようになったのは本当に楽です。

 

右手で歯磨きができるようになった。
リハビリと思い、意地でも右手だけで歯磨きを続けた結果、
喉を突いたり歯茎を傷めて血を出したりすることがなくなりました。
(歯磨きは元々両手使いでしたが)

 

タッチタイピングができるようになった。
とにかく仕事ができるようにならなければと思い、日々練習しました。
片手で打った方が速いような速度ではありますが、

まずまず実用レベルになってきました。

 

ジストニアが悪化してからたぶん7~8年間、
右手のタイピングは1本指打法だったのです。

ホームポジションさえ忘れ去っていた右手も交えて

手元を一切見ずにタイピングができるようになりました。

(ほんとにゆっくりですが・・・)

これぞ手術の成果!かな。

 

 

それにしても、何をやるのもぎこちなくゆっくりです。

色んなことが不自由になった理由がわかってきました。

 

1つには
手が瞬発力をまるで失っているのです。

 

けっこう自由に動くんだけど、むにゃむにゃとしか動かない。
自分の意志より遅いんです。

 

箸を使うのだって、コップを持ったり置いたりするのだって
意外と瞬発的な力で握ったり離したりしているものです。
物を握る瞬間、傾ける瞬間、離す瞬間など
器用さというのは、瞬発的に力を込められるかどうかに
かかっているのだなと感じます。

 

指の瞬発力を鍛える方法ってないものでしょうか。

やっぱり日常生活で徐々に取り戻すしかないのかな。

そもそも取り戻せるものだろうか。。。

(後日追記:  手術後1年経過した時点でも、左手の半分ぐらいの速度でしか動かせません。ほとんど改善なし)

 


何もできないもう1つの理由は、
手術以来、右手が思う位置に持って行けなくなったことです。
自分の意志と違う場所に行きます。

 

券売機で買いたいものの隣をタッチしてしまうことがけっこうあります。

ページアップキーを押しているつもりがページダウンになっていたりします。
テンキーはしょっちゅう打ち間違えます。

タッチタイピングも手首を机に付けて固定しないとできません。

 

 

いまだにできないこと、不自由なことを挙げると

・ ギターは当然のごとく弾けない。これだけ弾けないと諦めもつきます。(手術中、一度は弾けるようになっただけに残念)
・ 字が超ゆっくりしか書けない。職場で外線電話には出られません。メモが取れないから。
・ お釣りが手渡しでは受け取れない。店員さんの手をはたいてしまうことがあるから。(置いてくださいとお願いしている)
・ スマホやタブレットは右手ではタッチできない。
・ マウスは範囲指定ができない。(右指を離す瞬間にブレてしまって範囲が解除される)

 

手術前から難しかったけど、手術後一層難しくなったこととしては
・ 鍵穴に鍵がなかなか差せない

・ 自販機にコインがなかなか入れられない。

・ スマホの充電ケーブルがなかなか差せない

(あと、歩きがイマイチぎこちなく、よく転びます。右足の障害は事前に説明されていたのであまり気にしていませんが)


全てがリハビリと思って、
あえて左は使わないようにしています。
できるようになったことも無いわけじゃないんだし。。。
希望は捨てずにいこうと思います。

 

 

手術から1か月が経ちました。

手術直後からわかっていたことでしたが

やっぱり失敗だったのだろうと思います。

手拍子・拍手以外は何にもできない手になってしまいました。

手の位置が定まらなくてブレまくりでギターどころではない。

字は書けない。右手で歯も磨けない体も洗えないタイピングもできない

傘もまともに持てません。左右に倒れて雨に濡れてしまう。

一時的な後遺症の説明はさんざん聞いたけど、

こんなに何もできなくなる可能性については全く説明はありませんでした。

その後不安で電話をしても

平チームは海外の学会で全員出払っていると言われ、

やっと堀澤先生に会えても結局問診だけで

様子を見ようと言われるばかりで

リハビリ頑張っているんですが回復の兆しが見えません。

仕事もまともにできません。

これからどうやって生きていったらいいのか・・・

 

私の右手には
フォーカル・ジストニアという障害があります。

手が意思とは違う動きをするのです。
ごく簡単に言うと

握りたくても指が伸びて突っ張る。
開きたくても指が曲がってしまう。

実際はもっと複雑ですが。

 

高速な動作の繰り返しによって脳が混乱し、
手を握る中枢と 開く中枢が 不正なループでつながって
同時に命令を発してしまうのだそうです。

命令を発信しているのは前頭葉ですが

そのバランスを制御しているのは

大脳の下にある視床下部、大脳基底核という部分です。

 

私の場合、原因として考えられるのは
フラメンコギター、事務仕事のタイピング、木工工作が大好き
等々、様々な手の使い過ぎがありましたが
発症の引き金になったのは

プロジェクトによるハードなパソコン仕事でした。

 

困ったことに
周囲には健常な手に見えるのです。

何だかよくわからないけど、どうも手がうまく動かない。

タイピングとギター以外では さほど不自由はない。

 

脳や手の検査をいくらやっても異常は全く見つかりません。
脳神経の専門医でさえジストニアを知らない医師が多いです。

ジストニアとわかるまでに何年もかかりました。

 

 

最初はギターだけの不調だったのに、

十数年を経て、今では生活の様々な場面で不自由しています。

特に困っているのは

 

・ 手が疲れやすく、多忙な時期は箸がうまく使えなくなる

・ 鍵穴に鍵をうまく挿せない

・ 自販機にコインを入れにくい

・ 小銭の受け渡し

・ 洗濯機から洗濯物をつかんでは乾燥機に放り込む動作

・ 拍手、手拍子ができない。洗濯物をたたいて伸ばすような動作もできない

 

などなど

 

鍼灸・整体などもさんざん繰り返してきましたがあまり効果なく

思い切って、
【定位脳手術】を受けることに決めました。
脳の不正なループを焼きつぶす手術です。

 

近所のかかりつけの内科で無理やり紹介状を書いてもらい、

東京女子医大病院の脳神経外科:平孝臣先生のところへ行きました。
初診まで待つこと2か月

 

10分ほどの診察だったでしょうか。

問診だけで色んな動作異常を発見してくださり、
「手術適応ですね。やりましょう。治りますよ(^^)」
と言われたときは、とてもうれしかったです。

 

初診から更に待つこと3か月、
入院日と手術日が決まりました。

9月中旬です。

 

【定位脳手術】

 

局所麻酔で頭部を3センチほど切開し、

頭蓋骨にドリルで直径1センチほどの穴をあけ、
不正なループを形成している部分まで細い電極棒を差し込む。
 

目標の箇所に少し電気刺激を与えては
ギターを弾いてみたり、色んな動作をしてみる。
 

効果が出る場所を確認し、焼きつぶす。
本人が納得したところで終了。

納得しなくても、これ以上は危険と判断されれば終了。

 


 

焼くべき場所には口や足の中枢が隣接し、
ろれつが回らなくなったり、足に軽いマヒが出る可能性もあるそうです。
しかし、CTやMRIの技術の進歩で、

近年はより安全性も上がり、手術時間も短縮しているようです。

 

何の障害もなく完治する確率は50%ぐらい

というのをどこかで見たような気がします。

先生がそうおっしゃったわけではありませんので、間違いかもしれません。

残りの50%は10人10色、様々なパターンがあるのでしょう。

障害が出ても、それは多くの場合、手術による脳のむくみによるもので

半年から1年ぐらいの間に解消することが多いようです。

 

(50%という数字が独り歩きするといけませんので訂正します。

明確な根拠がないことは明記しているのに、その部分は改行削除してつなぎ合わせ大量に引用し、

挙句、私宛のお詫びコメントまで丸ごと引用する人がいます。失礼極まりない・・・

 

上記の確率が正しいとしても、

全ての実績累計による計算か、最近の数年に限っているのかは

よくわかりません。

いずれにせよ、頭頂部から、大脳の下の視床下部まで、

電極棒をにゅるにゅると刺し込んでいくわけですから

リスクはそれなりにあります。

 

だけど、障害の確率を考えたってしょうがないじゃないですか。

残りの人生をかけて手術をするのです。

自分のアイデンティティーにかけて手術をするのです。

 

1つ確実に起こることは

頭の皮膚の切開は3センチ近くになるそうですから、

頭にけっこう大きなハゲができるのでしょうね。(^^;)

最近は髪の毛の量も減ってきましたので

隠しきれないかもしれません。(苦笑)

 

しかし、とにかく

今は期待ばかりが膨らんでいます。