Chapter3.0「12月25日午後9時」
天海駅の駅前、悠は一人待っていた。待合室のベンチに座り、外を眺める。道行く人は男女二人組み、カップルが多く。それらが悠の目の前を通り過ぎるたびに羨望の眼差しを向けていた。ただ、その気持ちはカップルに対する憧れ、というよりも、カップルとして認めてもらえることにあった。
もしも美月と一緒に歩いていても、周りからは『仲の良い女友達』としか認識されず。そしてもしも万が一、美月と更に仲良くなり、友達以上になれたとしても、世界はそれに気付かず終わってしまうだろう。
(これが、本当に『恋』と呼べるものだろうか)
道を通るカップルを見るたびに、悠は自分の気持ちを沈めていった。聖夜だと言うのに、好きな人と過ごせるというのに、誰も祝福をしてはくれない。
「お待たせ」
いつの間にか、美月が目の前で立っていた。両手にそれぞれ袋を持っており、一方は袋の形からケーキボックスが入っていることが分かった。もう一つは形から中身が推測出来なかった。
「美月…」
美月の後ろをまだカップルが何組も通り過ぎる。
自分達二人はソレではないのに彼らはソレとして通り過ぎる。
「み、美月。もう一歩前に来て」
「?どうしたの?」
美月は一歩と言わず、二歩三歩と歩み寄る。すると、悠の視界からは通り過ぎるカップルが全て美月に隠れた。悠の視界一面が美月だけになり、悠は安堵の溜め息を漏らす。
「ごめん、ちょっと寒くて…」
「アタシは風除けかっ!」
美月は皮肉っぽく笑った。つられて悠も笑う。美月は右手に持っていた袋を見せ、
「ケーキ。…うちの店の余り物だけど、帰ったら食べよ」
「うん!」
ベンチから立ち上がる悠。その間に美月はもう一つの袋を開け始めた。
「はい、これ」
美月はそう言うと袋から取り出したものを悠の首に巻いた。マフラーだ。それも手編みの物で、青を基調に、紫のラインが何本も入っている。
「どうしたの、これ」
「クリスマスプレゼントに決まってるでしょ?悠、普段マフラーとか使わないから。悠の好きな青色」
首に巻かれたマフラーの温もりを感じ、悠はつい声を漏らす。
「…嬉しい」
「いや、そんな…。編み物なんて初めてだから上手くないけど。…て言うか、ダサいかもしんないけど」
「ダサくなんかない。…本当に嬉しい」
美月が普段の自分を見ていてくれて、
美月が自分の好きなものを知っていてくれて、
美月が自分のために初めてのことに挑戦してくれて、
それだけで悠は嬉しかった。
「大切にするね」
「はいはい」
美月は悠の手を握り、引っ張る。
「あ、ちょっと待って」
そう言うと、逆に悠が美月を引っ張る。連れて行った先はすぐそこで、そこは悠が唄う時によく使う場所だった。美月をそこに連れて行くと、悠は側にあるロッカールームに向かい、一番巨大なロッカーに鍵を差込み、中にある物を取り出した。ギターと、そしてマイクとマイクスタンドだった。
「え、何?悠唄うの?だったら、アタシ後ろの方で良いよ…」
後ろの方に下がろうとするが、美月の手を掴んで悠が止める。
「お願い。今日だけは、一番前で聞いて欲しいの」
「?」
理解できないまま、美月は一番前に立つ。悠はギターを肩にかけて、マイクスタンドとマイクを設置する。町を行く人々も、悠を認識すると足を止めてこちらに向かってきた。
悠はマイクの調子を確認すると、一度深呼吸をしてから、マイクに向かって声を出す。
「みなさん、こんばんは。メリークリスマスです!」
(あれ?珍しい、いつもはいきなり唄うのに)
美月が考えていたのを同じように感じた人間が何人かいたらしい。周りが少しざわつく。気にせず、悠は喋り続ける。
「今日は、新曲を唄います。…そして、この曲を唄うのは、今日だけです」
その発表に周りの人間がさらにざわつく。悠の視線が美月に向かい、二人の視線が合う。
「この曲は、今日という特別な日の為に。…私の一番大切な人の為に、一番大切な言葉を贈る為に作りました。だから、今日だけの特別な歌なんです」
悠は照れながらも、満面の笑顔で語り続ける。一瞬も美月から視線を離さずに。
「え、アタシ?」
その一番大切な人というものが自分だということにようやく気付く美月。つい声がもれたが、誰にも聞かれることはなかった。唯一悠だけがそれに気付いて、小さく頷く。
「それでは、聴いてください。『in the sky holly night ver.‐』です」
ギターの弦が弾かれ、音が夜の町に響く。それと同時に、先程までざわついていた観衆が一斉に黙る。そして、悠の歌声が場を包み込む。
その曲は、普段美月が聴きなれている『in the sky』と同じ音で、同じリズムだった。唯一歌詞だけが丸々変わっており、それだけで全然違う曲に聴こえるようで、美月は不思議に感じた。
歌の内容は、
自分がいつも大事にしていること
自分がいつも心配をしていること
自分といつも側に居てくれること
自分といつも通りでいていること
それら全てが詰まっていた。
曲を聴いている最中、ふと美月は自分の頬を流れるものを感じた。涙だ。何故自分が泣いているのか分からなかった。だが、まわりを見ると自分以外にも涙を流している人が何人もいた。興味を示さず通り過ぎていた人間も足を止め、悠の曲を聴き入っている。
「やっぱ、悠はすごいな…」
大事な想いと言葉がたくさん詰まった歌。美月は涙を拭うことを忘れ、その歌を聴き続けた。
曲も終盤に向かい、悠が最後まで唄い切った時、自然と周りの人間は拍手をしていた。場は拍手喝采となったが、悠は慌ててギターとマイクをしまい、美月を引っ張って逃げるようにその場を去った。それでも拍手は止むことなく、しばらくあたりに響き渡った。
「わー、恥ずかしかったー」
ある程度その場を離れ、人目のつかない所まで逃げた悠と美月。逃げながら美月は涙を拭いたが、頬に若干跡が残っていた。
「あのね、アレ。クリスマスプレゼントのつもり…」
照れながら、ソレを伝える悠。
「いつも美月に伝えたい言葉、全部詰まってたと思う…」
美月は悠の体を抱きしめて、耳元で話す。
「アレは反則過ぎ。フツーに泣いちゃったじゃん」
「えへへ、大成功」
二人は体を離し、歩き始める。悠は体がくっつく程に近付き、美月の手を握る。美月も握り返した。
「今日だけしか唄わないって言ったけど、美月にはまた唄うから」
「うん、また聴きたい」
その時もまた今日みたいに泣くかもしれないと思い、少し困ったように美月は笑った。反面、悠は満面の笑顔で頷く。
「そう言えば、来る途中ですっごい綺麗なイルミネーションが飾ってある店見つけたんだ」
「本当?私も行きたい」
悠は手を更に力強く握り、二人は歩く足を早める。
今日は特別な日だから、今日が終われば、明日からはまた『いつも通り』になってしまう。
(だから、今日くらいは『いつも通り』じゃなくても、良いよね?)
悠は両手でしっかりと美月の腕に抱きつく。美月は一瞬戸惑うものの、一回悠の頭を軽く撫でると、何も言わなかった。美月のくれたマフラーに、紅くなった頬を埋めて、悠は美月の体温を感じ続けた。
-カラーン、カラーン-
何処か近くに教会でもあるのだろうか、鐘が鳴り、二人の耳まで届く。
だが、この鐘は二人を祝福しているわけではないし、してくれる訳もなかった。
もし祝福してくれるのならば、そもそも神様は最初からこんなカタチで二人を世界に生み落としたりしないのだから。
でも、祝福されなくても悠は構わなかった。大好きな人がすぐ側にいる、それだけで幸せなのだから。
これから先、もし二人の関係が変わっても、世界は何も変わらない。そして変わった事に世界は何も気付かない。しかし、
(…私の想いは、変わらない。誰にも変えられない)
相変わらず困ったように笑う美月を見て、悠はやはり満面の笑顔を見せる。そして、今日唄った歌に、唯一載せることが出来なかった一番大事な言葉を、心の中で唄う。
(ずっと、…貴女のことを愛してます)
いつか、その言葉を必ず伝えよう、必ず唄おう、と心に誓いながら…。
天海駅の駅前、悠は一人待っていた。待合室のベンチに座り、外を眺める。道行く人は男女二人組み、カップルが多く。それらが悠の目の前を通り過ぎるたびに羨望の眼差しを向けていた。ただ、その気持ちはカップルに対する憧れ、というよりも、カップルとして認めてもらえることにあった。
もしも美月と一緒に歩いていても、周りからは『仲の良い女友達』としか認識されず。そしてもしも万が一、美月と更に仲良くなり、友達以上になれたとしても、世界はそれに気付かず終わってしまうだろう。
(これが、本当に『恋』と呼べるものだろうか)
道を通るカップルを見るたびに、悠は自分の気持ちを沈めていった。聖夜だと言うのに、好きな人と過ごせるというのに、誰も祝福をしてはくれない。
「お待たせ」
いつの間にか、美月が目の前で立っていた。両手にそれぞれ袋を持っており、一方は袋の形からケーキボックスが入っていることが分かった。もう一つは形から中身が推測出来なかった。
「美月…」
美月の後ろをまだカップルが何組も通り過ぎる。
自分達二人はソレではないのに彼らはソレとして通り過ぎる。
「み、美月。もう一歩前に来て」
「?どうしたの?」
美月は一歩と言わず、二歩三歩と歩み寄る。すると、悠の視界からは通り過ぎるカップルが全て美月に隠れた。悠の視界一面が美月だけになり、悠は安堵の溜め息を漏らす。
「ごめん、ちょっと寒くて…」
「アタシは風除けかっ!」
美月は皮肉っぽく笑った。つられて悠も笑う。美月は右手に持っていた袋を見せ、
「ケーキ。…うちの店の余り物だけど、帰ったら食べよ」
「うん!」
ベンチから立ち上がる悠。その間に美月はもう一つの袋を開け始めた。
「はい、これ」
美月はそう言うと袋から取り出したものを悠の首に巻いた。マフラーだ。それも手編みの物で、青を基調に、紫のラインが何本も入っている。
「どうしたの、これ」
「クリスマスプレゼントに決まってるでしょ?悠、普段マフラーとか使わないから。悠の好きな青色」
首に巻かれたマフラーの温もりを感じ、悠はつい声を漏らす。
「…嬉しい」
「いや、そんな…。編み物なんて初めてだから上手くないけど。…て言うか、ダサいかもしんないけど」
「ダサくなんかない。…本当に嬉しい」
美月が普段の自分を見ていてくれて、
美月が自分の好きなものを知っていてくれて、
美月が自分のために初めてのことに挑戦してくれて、
それだけで悠は嬉しかった。
「大切にするね」
「はいはい」
美月は悠の手を握り、引っ張る。
「あ、ちょっと待って」
そう言うと、逆に悠が美月を引っ張る。連れて行った先はすぐそこで、そこは悠が唄う時によく使う場所だった。美月をそこに連れて行くと、悠は側にあるロッカールームに向かい、一番巨大なロッカーに鍵を差込み、中にある物を取り出した。ギターと、そしてマイクとマイクスタンドだった。
「え、何?悠唄うの?だったら、アタシ後ろの方で良いよ…」
後ろの方に下がろうとするが、美月の手を掴んで悠が止める。
「お願い。今日だけは、一番前で聞いて欲しいの」
「?」
理解できないまま、美月は一番前に立つ。悠はギターを肩にかけて、マイクスタンドとマイクを設置する。町を行く人々も、悠を認識すると足を止めてこちらに向かってきた。
悠はマイクの調子を確認すると、一度深呼吸をしてから、マイクに向かって声を出す。
「みなさん、こんばんは。メリークリスマスです!」
(あれ?珍しい、いつもはいきなり唄うのに)
美月が考えていたのを同じように感じた人間が何人かいたらしい。周りが少しざわつく。気にせず、悠は喋り続ける。
「今日は、新曲を唄います。…そして、この曲を唄うのは、今日だけです」
その発表に周りの人間がさらにざわつく。悠の視線が美月に向かい、二人の視線が合う。
「この曲は、今日という特別な日の為に。…私の一番大切な人の為に、一番大切な言葉を贈る為に作りました。だから、今日だけの特別な歌なんです」
悠は照れながらも、満面の笑顔で語り続ける。一瞬も美月から視線を離さずに。
「え、アタシ?」
その一番大切な人というものが自分だということにようやく気付く美月。つい声がもれたが、誰にも聞かれることはなかった。唯一悠だけがそれに気付いて、小さく頷く。
「それでは、聴いてください。『in the sky holly night ver.‐』です」
ギターの弦が弾かれ、音が夜の町に響く。それと同時に、先程までざわついていた観衆が一斉に黙る。そして、悠の歌声が場を包み込む。
その曲は、普段美月が聴きなれている『in the sky』と同じ音で、同じリズムだった。唯一歌詞だけが丸々変わっており、それだけで全然違う曲に聴こえるようで、美月は不思議に感じた。
歌の内容は、
自分がいつも大事にしていること
自分がいつも心配をしていること
自分といつも側に居てくれること
自分といつも通りでいていること
それら全てが詰まっていた。
曲を聴いている最中、ふと美月は自分の頬を流れるものを感じた。涙だ。何故自分が泣いているのか分からなかった。だが、まわりを見ると自分以外にも涙を流している人が何人もいた。興味を示さず通り過ぎていた人間も足を止め、悠の曲を聴き入っている。
「やっぱ、悠はすごいな…」
大事な想いと言葉がたくさん詰まった歌。美月は涙を拭うことを忘れ、その歌を聴き続けた。
曲も終盤に向かい、悠が最後まで唄い切った時、自然と周りの人間は拍手をしていた。場は拍手喝采となったが、悠は慌ててギターとマイクをしまい、美月を引っ張って逃げるようにその場を去った。それでも拍手は止むことなく、しばらくあたりに響き渡った。
「わー、恥ずかしかったー」
ある程度その場を離れ、人目のつかない所まで逃げた悠と美月。逃げながら美月は涙を拭いたが、頬に若干跡が残っていた。
「あのね、アレ。クリスマスプレゼントのつもり…」
照れながら、ソレを伝える悠。
「いつも美月に伝えたい言葉、全部詰まってたと思う…」
美月は悠の体を抱きしめて、耳元で話す。
「アレは反則過ぎ。フツーに泣いちゃったじゃん」
「えへへ、大成功」
二人は体を離し、歩き始める。悠は体がくっつく程に近付き、美月の手を握る。美月も握り返した。
「今日だけしか唄わないって言ったけど、美月にはまた唄うから」
「うん、また聴きたい」
その時もまた今日みたいに泣くかもしれないと思い、少し困ったように美月は笑った。反面、悠は満面の笑顔で頷く。
「そう言えば、来る途中ですっごい綺麗なイルミネーションが飾ってある店見つけたんだ」
「本当?私も行きたい」
悠は手を更に力強く握り、二人は歩く足を早める。
今日は特別な日だから、今日が終われば、明日からはまた『いつも通り』になってしまう。
(だから、今日くらいは『いつも通り』じゃなくても、良いよね?)
悠は両手でしっかりと美月の腕に抱きつく。美月は一瞬戸惑うものの、一回悠の頭を軽く撫でると、何も言わなかった。美月のくれたマフラーに、紅くなった頬を埋めて、悠は美月の体温を感じ続けた。
-カラーン、カラーン-
何処か近くに教会でもあるのだろうか、鐘が鳴り、二人の耳まで届く。
だが、この鐘は二人を祝福しているわけではないし、してくれる訳もなかった。
もし祝福してくれるのならば、そもそも神様は最初からこんなカタチで二人を世界に生み落としたりしないのだから。
でも、祝福されなくても悠は構わなかった。大好きな人がすぐ側にいる、それだけで幸せなのだから。
これから先、もし二人の関係が変わっても、世界は何も変わらない。そして変わった事に世界は何も気付かない。しかし、
(…私の想いは、変わらない。誰にも変えられない)
相変わらず困ったように笑う美月を見て、悠はやはり満面の笑顔を見せる。そして、今日唄った歌に、唯一載せることが出来なかった一番大事な言葉を、心の中で唄う。
(ずっと、…貴女のことを愛してます)
いつか、その言葉を必ず伝えよう、必ず唄おう、と心に誓いながら…。