Chapter4.0「嵐の前の静かな夜」


 アルバイト先のコンビニで美月はカウンターでボーっとしていた。時刻は十二時を少し過ぎ、日付が変わって少し経った程度だ。

「…先輩」

 美月はカウンターで隣に立っている男性店員に話しかけた。もっとも、美月は相手の名前を覚えていなかったので、相手の名札をこっそり覗く。

「何、神薙。…って、お前まだ俺の名前覚えてないのか?」

 美月が相手の名札を見ながら話していることに気付き、男性店員は声を荒げた。美月もとっさに視線を名札から外す。

「いや、覚えてますよ田村先輩」

「…見てから言っただろ」

 田村と呼ばれた男性店員は呆れておおげさな溜め息をついた。もっとも、彼はアルバイトの日はほとんど美月と組んでいるので、いい加減慣れてはいたが。

「まぁ、そんなことより。遅いですね。代わりの人たち」

「そうだな」

 本来なら美月たちは今日、十二時までで、それ以降は別の人間が代わりにくるはずだった。いつもならば大抵十二時になる少し前には来ているのだが、すでに十二時は軽く過ぎていた。

「弱ったなぁ、約束あるのに」

 ひなたと小さなフェンリルと約束し、アルバイトが終われば共に母親の元に連れて行く、と約束したのだ。ひなた一人でもこなせるかもしれないが、もし仮に戦闘になった場合、ひなた一人では厳しいだろう、と美月は考えていたのだ。

「何、約束って。彼氏か?」

「いませんよ、そんなの。ただの友達ですよ」

 と、言って美月は戸惑った。冷静に考えればひなたとは別に友達になった訳ではないと思ったからだ。最近少し話すようになり、一緒に帰りに寄り道したり、自分と同じように悪魔と戦う存在である、ということをお互い知っているだけであり、特別仲良くなった訳ではないのだ。

(…向こうはどう思ってるんだ?)

 等と考えていると、自動ドアが開き、自然とそちらに視線が向かう。反射的に挨拶が口から出ようとしたが、それが出ずに美月は来店した客を凝視した。

「あら、まだ終わってなかったんですね」

「美月、お疲れ」

 悠とひなただった。悠もひなたも当然、学校の制服ではなく私服だった。
 悠は自分の好きな色の青色を基調としたワンピースに、真っ白のストールを羽織っていた。肩にギターの入ったケースを提げており、ライブ後なのかもしれない。
 ひなたの服装は白と黒のツートンだった。白いパーカーを着ているが、ファスナーを途中まで下げており、白と黒のチェック柄のマフラーをパーカーの外に出している。下は黒のミニスカートで、意外にもカジュアルな格好だった。そしてひなたのパーカーのフードの中に、小さいフェンリルがすっぽりと入っている。

「あ、いや、お客さん!ペットの持ち込みは…」

 と注意する田村だが、ひなたは一瞥すると、

「安心してください。この子はアナタよりも優秀ですから、店を汚したりしませんから」

 と言って、側にあったファッション雑誌を立ち読みし始める。フードからフェンリルが首を出して、一緒に雑誌を読んでいる。

「二人とも、多分もう少しで終わるから」

「気にしないで、美月」

 悠もひなたと同じ雑誌を手に取り、これが可愛いだの、なんだのと会話をしている。年頃の女の子の会話をしており、それを見て微笑ましくなった美月はつい笑みがこぼれる。…隣にいる田村に話しかけられるまでは。

「神薙、お前悠ちゃんと友達だったのか?」

「え、言ってませんでしたっけ?」

 本人も言った記憶はないので、田村が知らなくても当然の話だった。

「…サイン貰ってきてくれ」

 その一言に呆れるしかなかった。

「アホですか…」

「いや、マジでファンなんだよ!頼む!」

「無理です、あきらめてください」

 二人が会話していると、いつの間に来ていたのか、交代のアルバイト達が現れる。適当な会話をした後に、帰ろうとすると、

「あの二人、神薙の友達?お前、友達選ぶの上手いな!」

 と、その内の一人に帰り間際に言われて、首を傾げた。言っている意味が分からなかったのだ。

「いや、悠ちゃんもそうだけど、あの金髪の子も可愛いじゃん!」

「確かに!」

 等と会話をしていたので、「そういうことか」と勝手に納得した上で、更に呆れて美月はさっさと帰った。興味が沸かなかったからだ。

「二人とも、行こ」

「あ、終わったんだ」

 一足先に自動ドアをくぐった美月を二人は慌てて追いかける。


 三人は横一列に並んで夜道を歩く。美月が真ん中。右手側に悠、左手側にひなただった。因みにフェンリルはひなたのフードの中に入ったままで、時々顔を覗かせては、ひなたに頭を撫でられている。

「そう言えば悠。サインって書ける?」

 先程の田村との会話を思い出し、悠に一応聞いてみる。

「えー、書けないよ。…て言うか、考えたこともない」
 当たり前の反応に、美月はバカなことを聞いたな、と反省した。悠は指で空をなぞる。一応考えているらしい。

「出来上がったら、よろしくお願いします」

 照れながらお願いするひなた。

「うん、良いよ。でも一番は美月にね」

「いいよ、別に」

 満面の笑顔でそう言うが、照れるので美月は直接顔を見ないようにした。視線がひなたに向かい、ひなたは小さく笑うが、すぐに険しい顔になる。携帯電話を取り出して、画面を開く。美月も同じように携帯電話を取り出した。

「来たか」

 美月がそう言い切ると同時に、空からいきなり巨大な狼が降りてくる。着地による音が当たりに響き、地面に亀裂が走る。全身を鎖で包まれた狼は、月夜に吠えた。そこに現れたのは、以前美月が戦った狼、フェンリルだった。

「お母さん!」

 フードから小さいフェンリルが飛び出し、目の前に立つ。お互いが睨みあう状況になっており、何も反応が返って来ない。

「お母さん。僕と一緒に…」

 そう言いかけた途中で、一気に飛びかかって来る。美月は小さなフェンリルを抱きかかえて後退する。一歩遅ければ、フェンリルの爪の餌食になるところであった。

「おい、ちび!」

「お母さん、僕が分らないの!?」

 何度も話しかけるが、向こうは聞く耳を持たず、何度も襲い掛かってくる。話し合いは無理だと判断し、美月は悠に小さなフェンリルを投げ渡して、携帯電話を取り出した。

「悠、隠れてて!」

「気をつけてね!」

 悠は小さなフェンリルを抱えて、曲がり角に隠れた。美月は携帯電話のキーを、asmodeus@devilを素早く叩く。

「行くよ、アスモデウス!」

「行こうか、美月!」

 黒い魔法陣に包まれ、美月は黒衣の剣士へと変わる。剣を取り出し、フェンリルの爪を受け止めた。

「…では、私も参りましょう」

 ひなたも携帯電話を取り出し、rapheael@angelと打ち込んだ。白い魔法陣が浮かび上がり、白い衣装へと変わる。取り出した拳銃を構え、フェンリルに向けて光の弾丸を放つ。美月と鍔迫り合いをしているため、フェンリルは動くことが出来ず、直撃を受けた。…はずだった。ひなたの放った弾丸は当る前に霧散した。

「…なるほど、そういうことですか」

 フェンリルの纏う鎖は全ての魔法を無効化する特殊なものだった。ひなたの放った光の弾丸も、魔法に含まれるようだ。繰り返し何度も撃ち込むが、結果は一緒だった。その光景に美月が焦る。

「どうすんの!?委員長!」

「ご安心を。この程度の障害では、私の正義は一片も揺るぎません」

 焦る美月とは反対に、ひなたは冷静だった。ひなたは携帯電話を再び取り出した。その間も、美月とフェンリルは何度も打ち合いを続けている。ひなたは順番に携帯電話のキーを打っていく。
 Eメール
 新規作成
 宛先入力
 ramiel@angel
 送信。
 送信が完了し、受信音が当たりに響く。白い魔法陣が現れ、白い光に再び包まれるひなた。美月は戦闘中だというのに、ついそちらに視線が映る。光の中から現れたひなたは、衣装こそそのままだったが、持っている装備が違っていた。右手に大きな盾の様な物を装備していた。しかし、それが盾でないということはす ぐに分かった。盾の先端から、太くて長い、針の様な物が飛び出ていたのだ。そして、盾の後ろには戦闘機のブースターの様な物がついている。

「何、アレ…。杭打ち機?」

 そう喩えるしか美月には思いつかなかった。ひなたは針の先端をフェンリルに向けて構える。

「アレは…!馬鹿な!あの子、あんな物まで呼べるのか!?」

 アスモデウスはその武器の検討がつくらしい。驚きの言葉を発する。

「あの武器知ってるの?アスモデウス」

「美月、離れろ!アレは武器なんて呼べる代物じゃない!」

 アスモデウスが言うより先に、ひなたはフェンリルに向かって飛び込んでいく。盾の後ろにあった物は、やはりブースターらしく、推進力を上げて一気に加速した。美月も危険を感じ、すぐに離れる。

「アレは『ラミエル』という天使の力だ!その名は『神の雷』とも言われ」

 一気にフェンリルの懐にまで飛び込み、盾の先端を、針の部分を押し付ける。

「撃ち抜く…!」

 更にブースターから魔力の粒子が放たれ、一瞬フェンリルの体が持ち上がった。

「『神の裁き』とも呼ばれる…!」

 アスモデウスの説明も儘ならないまま、大きな光と轟音が当たりに響いた!