Chapter3.2「迷える魔獣」


 クレープを食べ終わった後も、三人は公園にいた。周りには他に誰もおらず、クレープを売っていた車も今は移動して、もういない。空もすっかり暗く。もう夜と言っても遜色ない状況だった。

「そろそろ帰る?アタシ今日もバイトだから」

「そうだね、帰ろっか」

 座っていたベンチから腰を上げ、公園の外に向かう。と、その途中でひなたが何かを発見した。それと同時にひなたは携帯電話を取り出す。

「どうしたの?委員長」

「…神薙さん、アレ」

 ひなたは体勢を崩さず、顎を向けて方向を指し示す。美月はその先を見て、一瞬驚いた。視線の先には、犬がいた。全身を鎖で巻かれた犬が。慌てて美月も携帯電話を取り出す。

「落ち着け、二人とも」

 美月の耳元で声が響く。アスモデウスだ。ひなたにも聞こえたらしく、美月に視線を向ける。

「アレは昨日僕たちが戦ったのとは違う。見なよ、子犬じゃないか」

 アスモデウスの指摘する通り、美月たちが見ている犬は小さな犬だった。そこらにいる野良犬よりも小さいかもしれない。少なくとも、昨日美月が戦った敵とは全く大きさが違っていた。

「確かに、アタシが戦った犬はかなり大きかったけど…」

 その言葉に子犬が反応し、美月に近付いてくる。美月の足元まで近付くと、行儀よく座った。そして、

「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんが戦った犬ってどんなの?」

 と、子犬が聞いてきた。三人は驚き、後ずさりする。

「い、犬が喋った!?」

「み、美月落ち着いて!」

 と言いつつ、悠は美月の後ろに隠れる。因みにその後ろにひなたが隠れた。

「悠の言うとおりだ。落ち着くんだ。魔獣なんだから人語が話せて当然だろう」

「お前らの常識なんて、いちいち知るか!」

 何故この相棒は自分が驚いてから、さも当然と説明を始めるのだろう、と美月は頭を悩ませた。だが、言葉が通じるのならば好都合だった。

「ちび、アンタと同じ。全身鎖で巻かれた犬だよ。ただ滅茶苦茶大きかったけどね」

 両手をいっぱいに広げ、子犬に説明する美月。もし第三者に見られていたら何と思われただろうか。

「ソレ、僕のお母さんかもしれない…。離れ離れになってて、僕ずっと探していたんだ!」

「…は?」

 子犬の言葉に耳を疑った。

「…魔獣も子ども産むんだ」

「美月、反応するところ、そこ?」

 悠が呆れた口ぶりで美月に言う。

「いや、反応するでしょ。そこは」

「魔獣も生物なんだ。当然だろう」

 だから、お前の『当然』は、こちらの世界では当然ではない、とツッコミたい美月だったが、疲れるので止めた。

「まぁいいや。それじゃぁ、キミもフェンリルってこと?昨日アタシが戦ったのはフェンリルだったんだけど」

「うん、僕もフェンリルだよ。なら、やっぱりお母さんだ!」

 子犬は大はしゃぎして何度も飛び跳ねる。その度に子犬に巻かれた鎖が何度も音を鳴らす。

「その鎖…」

 ひなたが気になり、言葉を発するがすぐに悠の後ろに首を引っ込める。

「…僕たちフェンリルは、生まれた時からこの鎖に巻かれているんだ。『呪い』と同じようなものだと思う。実際、コレがないと僕みたいな小さな犬でも世界を壊す位の力が出ちゃうみたいだから」

 そう説明し、子犬は落胆したようにうなだれる。

「まぁ、それは良いよ。で、アンタのお母さんは今町で暴れまくってるんだけど?」

「そうなの?…お腹空いてるのかな?」

 発想は動物だった。だがその自然な反応に、本当に知らないのだな、と考えた。

「お母さんとは、いつから離れ離れになったの?」

「僕、こっちの世界に来た時にお母さんと離れ離れになったんだ。…なんとか、適当な人間を見つけて『契約』を済ませたから実体は保てるようにはなったんだけど。お母さんがいないと、僕不安で」

 子犬が喋りきると、場が一瞬沈黙する。ひなたは、ふとあることを思いつき、それを提言する。

「なるほど、状況は分かりました。では私達があなたをお母さんに会わせましょう。その代わり、お母さんにもうこの町で暴れないようにお願いして頂けますか?」

 悠の後ろからひなたが顔を出し、ひなたがそう進言する。

「うん、良いよ」

 気持ち良く返事を返してきたので、美月たちは安堵した。もっとも、一番安心したのは美月自身だろう。あの化け物と戦っては命が幾つあっても足りないからだ。それに加え、

(知らなかったとはいえ、コイツの『お母さん』を殺さなくて済んで良かった)

 美月は親を失った悲しみを知っている。この小さな犬に、同じ思いをさせなくて済んでホッとしたのだ。「お母さんに会えたら、もう離れちゃ駄目だよ」

 悠のそんな言葉に子犬は何度も首を縦に振る。

「それでは神薙さん。今夜行動に移しましょう。私が貴女のアルバイト先まで向かいますので、その後二人で手分けして大きな方のフェンリルを探しましょう」

「おっけ。…じゃぁ、それまでの間、このちびは委員長が面倒見ててよ。アタシも悠もマンションだから動物連れちゃ駄目だし」

 その言葉にひなたは完全に機能停止した。視線が何度か右に左に泳ぐ。

「む、無理です。ど、動物は、その、あの、えっと、ですから…!」

(苦手なの?)

 美月と悠の考えが重なる。子犬はひなたの元まで歩み寄る。一歩二歩、ひなたが下がるが、子犬は更に近付いてくる。

「い、1メートル距離を開けてください!そうすれば平気ですから!」

 そんなひなたの言い分に、子犬は人間で言う『肩を落した』状態になった。流石に悪いと思ったのか、ひなたは慌てふためく。

「委員長、大丈夫だって、ホレ」

 子犬を抱き上げてひなたに押し付ける。一瞬「ひっ」という声が漏れたが、観念して抱き上げる。

「ね?じゃあ、任せた」

「…ぜ、善処します」

「承服してください!」

 美月と悠の声が重なる。自分のセリフを他人に使われるのが、こうまで苦痛なのか、とひなたは初めて感じた。