Chapter3.1「理由」


 放課後、美月と悠は下駄箱にいた。靴はすでに外履きに履き替えていた。だが、帰る素振りを見せず、下駄箱にもたれかかって立っている。

「そう言えばさ、悠」

「何?」

「お前、何時の間に委員長と仲良くなったの?」

「え?」

 いきなりの言葉に悠は戸惑った。別に今日一日、悠がひなたに特別何かした訳でもなかったからだ。一日を振り返るが、やはり特別変わった事はしてないはずだ。

「何で?」

「いや、お互いの呼び方が名前に変わってたから…」

「あぁ、この前美月が居ない時に、そんな話になって」

「へぇ、そうなんだ」

 美月はつまらなそうに返事を返した。それ以上は何も言わず、黙り込む。

「…美月、もしかして。ヤキモチ?『アタシ以外の人を名前で呼んでる!』みたいな」

 などと半ば冗談で言ってみたが、美月は途端に顔を赤くしていく。

「ば、ばっかじゃないの!ア、アタシがヤキモチなんて、ある訳がない!」

「美月、可愛いー。頭撫でていい?」

「撫でるなバカ!いいよ、アタシも委員長のことひなたって呼ぶから!」

 まったく解決になっていないが、美月はそう言い放った。そうこうしていると、ひなたが下駄箱に向かってくる。二人に気付き、足早に歩いてくる。

「お、良いところに。ひな…」

 と言いかけて止まった。正直な話、美月は悠以外の人間を名前で呼んだことがなかったのだ。最後の一文字を言い切れず、止まってしまう。

「神薙さん、悠さん。どうしたんですか?」

「いや、委員長の帰りを待ってて、ね」

 結局『ひなた』と呼べず、役職でひなたを呼ぶ美月。そんな美月を見て悠はクスクスと笑う。二人の変な態度にひなたは首をかしげた。

「もう六時ですよ?どうして、また」

 クラブに入っていない限り、一般生徒の下校時刻は四時だ。授業が終わり、そのまま帰り始めたら大体そんな時間に生徒達は学校を出る。ひなたがこの時間まで学校に居たのは、生徒会による会議があったためだ。そういった理由がなければここまで遅くなる生徒はそういない。

「委員長にも来てもらいところがあってね。…アタシの勘では、今日は天海公園あたりに出没すると睨んでるんだ…」

 ひなたと肩を組み、誰も聞いていないのにコソコソと話す美月。しかしひなたはすぐに察した。自分を遅くまで待っており、かつ美月の言ったセリフ。それはこれからフェンリルなる魔獣と戦うからではないか、と。

「分かりました、では共に参りましょう」

「お、話が早い。行こっか」

 会話もそこそこに、三人は天海公園に向かった。


 天海公園に到着した三人。しかし、ひなたの考えとは裏腹に、三人の向かった先に魔獣はいなかった。代わりにいたのは、自分達と大して歳の差はないであろう女の子達だけだった。そして彼女達の視線の先には、小さな車がある。その車は一部が開いており、オープンキッチンのようだった。車の近くには、のぼりが 立っており、ポップで可愛らしい字体で大きく『クレープAMAMI』と書かれていた。

「…神薙さん、アレは?」

「知らない?『クレープAMAMI』っていうクレープ屋で、いつも車で売りに来てるんだけど。神出鬼没でね。色んな所に現れるの。いやー、アタシの勘が当った」

 もし人目がなければ、その場で座り込んでいたかもしれない。ひなたは、呆れてモノが言えなかった。

「…つまり、買い食いですね」

「え?うん」

 何も悪びれずに言う美月に、ひなたは軽く頭痛を覚える。いや、むしろ何かを期待していた自分が悪かったのかもしれない。

「あ、じゃあ。私買ってくるから、美月たちは席取って待っててよ」

「アタシいつもの」

「…よく分らないので、悠さんにお任せします」

 見れば車の近くにはいくつかイスとテーブルが並んでいる。だがその数は少なく、黙っていたらすぐになくなりそうだった。幸いすぐ近くに空いている席があったので、美月とひなたはそちらに向かって座った。

「全く、クレープのために私を誘ったのですか?」

「いや、本当に美味しいから」

 無邪気に語る美月。いつもは行動も話し方も女の子らしくはないが、今だけは年頃の女の子の様な笑顔を見せる。

「甘い物、好きなんですね…」

「委員長は嫌い?」

「…体が横に広がなければ、好きです」

 照れながら言うひなた。それはそれで年頃の女の子の反応だった。

「あー、それには激しく同意」

 と、困ったようにぎこちなく笑った。美月が笑ったので、つられて笑ってしまう。小さな笑顔で、真向かいに座っていた美月にしか、その笑顔に気付かないような小さな笑顔だった。

「…悠から聞いた。『黒衣の剣士』と出会ったら、戦うのを止めるように言うつもりだったらしいね」

「ええ、当初は」

「悪いけど止めないよ、アタシは。…守りたいものがあるから、さ」

「えぇ、でしょうね」

 二人の視線は同時に悠に向かう。ひなたの言った『悠さんにお任せします』という注文が難題らしく、メニューと睨めっこを続けている。

「悠さんのことを想うなら、無茶はしないで下さいね」

「…善処する」

「承服してください」

 そう言って、笑みが込み上げる。昨日も悠と同じようなやり取りをしたな、と。

「委員長は何で戦ってるの?」

「…酷く、個人的ですよ?」

 別に美月は気にしなかった。何故なら彼女の戦う理由は、今でこそ違うが、始まりは両親の敵討ちだった。それに比べれば、それ以上の個人的理由など、そうそうないだろう。

「私の両親は、誰かの為に働く人たちです。それも、『正義』のため。私はそんな二人を見て育ってきましたから、羨ましかったんです。だから、私もなりたかったんです『正義の味方』に。だから、祖母からこの力を授かったんです。私が戦うのは、誰かのためなんかではなく、…自分が『正義』のために戦っている、 と思い込むためなんです」

 そこまで言って、ひなたは俯く。美月はひなたの話を聞いて、首を傾げた。

「別に、良いんじゃないの?それで」

「え?」

「いや、上手く言えないけど。アンタが戦うことで『誰か』は守られてるんだから、あんたは立派な正義の味方なんだし。それに憧れて戦い続けるのは悪くないんじゃないの?」

 上手く言葉が思いつかず、うんうんと唸る美月。結局答えは出なかったが、そんな彼女を見られただけで、ひなたは満足していた。話して良かった、と。

「ま、委員長。気にせず正義の為に戦って良いと思うよ」

「そう、ですね。ありがとうございます」

 何故礼を言ったのか自分でも不思議だったが、美月は特に何も言わなかったので、ひなたも気にしなかった。

「あ、神薙さん。それから、私のことは『委員長』ではなく…」

 か細い声で言うひなた。美月は聞こえなかったので、体を乗り出して耳を近づける。それと同時に悠が帰ってきた。

「お待たせ」

「お、来た。…えっと、で、何?委員長」

「い、いえ、また今度」

 ひなたはそれ以上何も言わず、黙って悠の持って来たクレープを頬張った。