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Chapter2.2「暴走する魔犬」


「そっか、分かったよ。気をつける」

 月が真上にある深夜。美月はバイトを終えて家に帰る最中だった。悠と電話で話し、美月はそこで初めてこの町に新たな危機が迫っていることを知った。

「アスモデウス、今度の敵のこと、どう思う?」

「魔獣なら幾つか心当たりがある。ケルベロスやオルトロスが有名かな?だが、どれも大したことのない敵ばかりだ。問題ないよ」

 興味ないとばかりに、淡々と応える相方に、美月は溜め息をつきながらも安心していた。帰り道を歩いている中、何かが近付いてくる音が聞こえて美月はそちらに目を向ける。まだ、ソレは現れていない。美月は携帯電話を開いた。

「…来た?」

「あぁ、だが大した魔力も感じない。一瞬で終わらせて帰ろう」

「オッケー」

 美月は素早く携帯電話のキーを叩く。
 Eメール
 新規作成
 宛先入力
 asmodeus@devil

「行くよ!アスモデウス!」

「行こうか!美月!」

 送信完了と共にメールが受信され、辺りに着信音が響き渡る。黒い魔法陣が現れて、黒い光が美月を包み込む。光から再び現れた美月は、『黒衣の剣士』となってそこに立っていた。

「さぁ、せっかくの良い夜なんだ…」

 剣を鞘から抜き、片手で構える美月。それと同時に、ソイツは雄叫びと共に現れた。全身を真紅の毛で包んだ狼。その体は大きく、車よりも巨大で、完全に道路二車線をその体で占領していた。しかしその異常に大きい体よりも、美月が目に行ったのは、その体を包むものだった。狼の体を何重もの鎖が絡まっていたのだ。
 異様な姿に一瞬戸惑う美月だったが、すぐに気持ちを切り替えて、

「迷わず、闇に還れ!」

 剣を持ち直し、一気に斬りに掛かった。狼に向かい剣を振るうが、狼は軽やかに跳び上がり、美月の後ろに着地した。美月は慌てて向きなおし、狼を視界に捉える。が、それよりも早く、狼は跳びかかってきた。

「せぃっ!」

 後方に飛びながら、美月は右足で狼の頭を蹴り飛ばした。狼はダメージを受けて怯むが、空中で態勢を取り直し、狼も負けずと後ろ足で美月を弾き飛ばす。地面に叩きつけられ転がる美月に、狼は着地と同時に駆けて来る。美月は剣で地面を抉り、岩飛礫を狼にぶつけた。ダメージよりも、視界が遮られたことにより、 狼は急停止した。その隙を見逃さず、美月は一気に踏み込み、狼の胴を斬る。

「…浅い!」

 つい美月が口にもらした通り、当りはしたものの、傷口は浅かった。狼は一旦、距離を離して、美月を観察するようにじっと見つめる。

「…アスモデウス先生、魔獣はどれも大したことなかったのでは?」

 先程の会話を思い出し、美月は精一杯の皮肉を言い放った。美月が今戦っている狼は、今まで戦ってきた敵の中では『弱くない方』に分類される。少なくとも、攻撃を何度も捌かれたことは経験したことがなかった。

「そのはずなんだが。…美月、僕はあんな魔獣を見たことがない」

「ねぇ、困ったらそのセリフ言ってない?」

 そうこうしている内に狼はまたも跳びかかってくる。幸い攻撃自体は大振りなので、動きの早さに目が慣れれば避けることはどうということはなかった。相手の攻撃の合間に美月も剣を振り返すが、どれも当る寸前で体を捻って、かわされる。こちらが攻撃に転じようと踏み込むと、後ろに下がられ、出鼻を挫かれた。

「ちッ、お利口なワンちゃんだな…」

 お互いがにらみ合い、一定の距離が保たれる。いわゆる間合いだった。二人の距離は、丁度どちらも一回の踏み込みで相手の懐まで飛び込める距離だったのだ。

「こういう時、先に動いたら負け、とか言うんだよね」

「あぁ。だが、キミはそんなことでじっとしてられる子じゃないだろう?」

「もちろん!」

 美月の目の前に赤い魔法陣が浮かび上がる。これは、美月の持つ魔剣テュルフィングの力だった。この魔剣には衝撃波を自在に操る魔力が備わっている。魔法陣に剣を突き刺すと、剣に魔法陣の光が次々と吸収されていく。次第に赤く発光する剣。

「名づけて、『疾駆閃』!」

 勢いよく剣で地面を斬り、剣先から地を這う赤い衝撃波が飛び出し、狼に向かう。いきなりの攻撃に狼は何も反応できず、棒立ちだった。美月の放った衝撃波は狼にこのまま直撃する、はずたった。が、

-パリン!-

 到達するより前に、狼の目の前で衝撃波はまるでガラスが割れる様な音を立てて割れた。

「消えた!?」

 美月は続けざまに衝撃波を放つ。今度は一発ではなく、二発も三発も、連続で放つ。だが結果は空しく一緒だった。狼の目の前で同じように割れる。

「だったら、これだ!」

 今度は赤ではなく、黒い魔法陣が浮かぶ。それはアスモデウスの力、『月』の魔法陣だった。そしてその魔法陣を利用し、放たれる一撃は、美月の持つ技で最強の技だった。

「闇月一閃!」

 黒い光の刃が剣から伸び、狼に振り下ろされる。だが結果はまたしても同じだった。

-パリン!-

「どうなってんの?」

「…ディスペル、対抗呪文だ。美月の放っている魔法が消されているんだ」

 狼が大きく踏み込んでくる。相手の爪による攻撃を剣で弾き、距離を取る。剣を構えなおし、相手をしっかり見据える。

「だがあり得ない。何の予備動作もなく、魔法陣も描かずに魔法を打ち消すなんて」

「でも、現にコイツはそれを平気でやってるよ」

 狼は唸りながらこちらを睨む。体を動かした際に、狼に絡まっている鎖が音を鳴らした。その音に反応して、美月はふと鎖に目が行ってしまった。美月は今になるまで、戦闘に夢中で鎖の存在を忘れていたのだ。

「もしかして、あの鎖が消してるとか?」

「考えられないことはないが、そんな道具あまり聞いたことが…」

「試しにあの鎖を斬るか…」

 どの道、他に打開策が思いつく訳もなかったので、美月は鎖に狙いを定めて突進していった。だが、その美月を止める声が響く。アスモデウスだった。

「あの鎖…、そうか!美月止めるんだ!その鎖を切ってはいけない!」

 アスモデウスの咄嗟の言葉に反応し、美月は攻撃をせずに、狼の横を通り過ぎた。

「何で、アレ切ったら魔法効くかもしれないでしょ?」

「あぁ、それに関しては正解だ。僕が保証する。だが、アレは…。…くそっ!何でアイツがここに…」

 アスモデウスが悪態をつく。そんな彼の反応を美月は初めて見た。美月の知るアスモデウスは常に冷静で、苛立ちなどまずしない男だった。美月がどれだけ熱くなっても、むしろ熱くなればなるほどアスモデウスは冷静でいた。彼のおかげで、美月は今まで戦う時は安心していられたのだ。

「タネが分かったの?」

「あぁ、僕としたことが、こんな大事な事を忘れていたとはね」

 アスモデウスの声が平静さを取り戻していたので、取り敢えず美月は安心した。

「あの鎖は『グレイプニール』っていう魔法の鎖なんだ」

「凄い装備品?」

「凄いなんてもんじゃない。あの鎖はまともな生成方法では作れない貴重なものだ。アレの作用は至ってシンプルだ。全ての魔力を抑制する。外側から来る魔力も、内側から発生する魔力もね」

「内側って。それ、自分の魔力ってこと?」

 二人が会話している間にも、狼は襲いかかってくる。美月は反撃には移らず、アスモデウスとの会話に集中した。

「その通り。…と言うより、本来はそちらの方法で使うのが正しい方法なんだ。あの鎖は、相手の魔力を封印するために作られた鎖なんだ。…だが、強力すぎたんだよ。お陰で、外側からの魔力も受け付けない、防御としても最高の一品になってしまったんだ」

「何でそんなモン作ったの」

「決まってるだろ。その位強い物じゃないとアイツを押さえきれないからさ。もっとも…」

 狼は攻撃を一旦止め、美月と距離を離した。

「それでも、これだけ強いんだから大したものだよ。…フェンリル!」

 アスモデウスがその名を呼ぶと、それに呼応するかのように狼、フェンリルが雄叫びを上げる。そして、狼は勢いよく上空に飛び跳ねて、闇夜に消えていった。美月は空を見上げるが、あの大きな巨体の姿はどこにもない。逃げたと捉えるか、逃げてくれたと捉えるべきか、美月は判断に困った。

「フェンリル。それがあの狼の名前?」

「かつて神々に災いをもたらし、世界を喰うと呼ばれた。神話史上最悪級の魔獣さ。あまりの凶暴さに、手を焼いた神々がグレイプニールで縛り付けたって聞いたけど。…元気じゃないか」

 美月を黒い光が包み、次の瞬間には黒衣が消え、私服に戻っていた。

「…やれやれ、『いつも通り』って訳にはいかないか」

 空を見上げると、そこには先程戦った狼は勿論、雲一つない夜空だった。綺麗に輝き続ける月が、今日に限っては憎らしくも感じる美月だった。