Chapter2.0「天使の力を持つ者」

 
-キーン、コーン、カーン、コーン-

 授業終了のチャイムが鳴り、生徒達が散り散りに移動を始める。時刻は正午を過ぎており、昼休みに入ったところだ。美月は体を伸ばすと、悠の元へと向かう。

「悠、ご飯にしよ」

「うん。今日は美月の分のお弁当も作ってるよ」

「やっぱり?いつもより鞄大きいから、そうかと思ったんだ」

 悠は鞄から弁当箱を取り出すと、美月にそれを渡す。美月はさっそく開こうとするが、ピタリと手が止まる。視線がひなたを探し、右往左往する。

「委員長どこ行ったの?」

「多分、生徒会室だと思う。いつもお昼はそこで済ましてるらしいから」

「よし、行こう。聞きたいことは山ほどあるんだ」

 悠の答えも聞かず、美月は悠を引っ張って教室を出る。もっとも、悠が何と反論しても美月は止めないであろう頑固者であることは、悠自身がよく分かってはいたが。


 生徒会室に着くと、美月はノックもまともにせず、扉を開けた。部屋にはひなたが一人でパソコンに向かいながら食事を摂っていた。一口サイズに切られたサンドイッチを食べながら片手で器用にキーボードを打っている。

「委員長、一緒にご飯食べよ」

「ここは生徒会役員以外立ち入り禁止なのですが…」

「ごめんね。美月、一度決めると言うこと聞かないから」

 そう言われると、美月は返す言葉が何も見つからなかった。ひなたは溜め息を一度つくだけで、何も言わず空いている椅子を二つ引っ張ってきた。

「委員長には昨日のことで聞きたいことがいっぱいあるんだ」

 昨日のこと、それはひなたが変身し、悪魔と戦ったことに他ならない。ひなたが悪魔を倒した後は、三人はまともにそのことに触れなかったが、美月は気にしないわけにはいかなかった。

「忘れてください。貴女方には関係のないことです」

 キーボードを打つ手を止めず、ひなたはそう言い放つ。

「それが、無関係でもないのさ。アタシは『黒衣の剣士』だから」

 美月の言葉にひなたの動きが止まる。

「まさか、貴女が噂の…?」

 流石にひなたは信じることが出来なかったが、美月が嘘をついている目に見えなかったため、言及することが出来なかった。

「どう?無関係じゃないでしょ?…それとも話しにくいんなら、まずアタシのことから話そうか」

 美月は自分のことを話し始める。自分が『黒衣の剣士』となったきっかけや、アスモデウスという悪魔と契約していること。

「で、これは悠も知ってることだから」

「だから、昨日のことは気にしてないからね」

 それだけ聞くと、ひなたは小さく微笑み、口を開いた。

「そこまで話されては、逆に私が黙りにくくなるではありませんか」

「それが狙いさ」

 美月は皮肉っぽく苦笑いを浮かべる。ひなたも真似しようとしたが、意外にも出来なかったので、自分の笑顔で話すことにした。微かに微笑み、正面から見ないと笑っていると気付かないような小さな笑顔だった。

「では、お話しましょうか、私のことを」

「あ、ちょっと待って」

 美月は携帯電話を取り出すと、机の上に開いて置いた。すると携帯電話が鳴り響き、画面に着信中という表示とでたらめな数字が並ぶ。美月は通話ボタンを押して通話音量を最大にした。

「はじめまして、美月と契約しているアスモデウスだ。僕もキミの話に興味があってね。一緒に聞かせてもらうよ」

「構いませんよ。…と、言うより話を聞きに来たのではなく、アナタが話をしたくて来たのでは?」

「頭の良い子で助かるよ」

 そんなやり取りをした後に、ひなたは自分のことを話し始めた。

「まず、私が使っている力は神薙さんとは違って『天使の力』ということです」

「美月みたいに誰か、天使と契約してるってこと?」

「いえ、私の力は契約によって得た力ではありません。ですので、神薙さんで言うアスモデウスのようなパートナーはいません。…あの、食べながら聞いて頂いても結構ですよ?」

 先程から弁当箱を大事そうに抱えている美月を見兼ねてひなたはそう言った。それを聞くと美月は遠慮なく弁当箱を開いた。悠もそれに倣い自分の弁当箱を開いた。当然、二人の弁当箱の中身は全く同じで、美月の弁当箱の方が、若干内容量が多かった。

「では、君の力はいったいどこで手に入れたんだい?悪いが、この日本という国で魔術を使える者がそうそういるとは思えない。ましてやキミのような若い子が」

「日本人って魔法使えないの?」

 アスモデウスの言葉に美月がつっこむ。その問いに答えたのはひなただった。

「日本人に限らず、アジア圏の人間は魔力的な素養が元来低いみたいです。代わりに『気』の流れを掴む力に長けているようです。歴史を紐解いて見ても、祈りや呪いで解決した例はあっても、魔術の類で解決した例はあまり見たことがありませんしね。ですので、東洋人は魔法よりも、呪術や『気』を応用したモノ、『 仙術』や『神術』などを使うのが主みたいです。…そう言えば西洋人は占いをしても風水はしないですよね?西洋人は逆に『気』の流れを読むのが苦手なので、風水が苦手みたいです。」

 そこまで喋り、ひなたは軽く咳払いをした。

「話が脱線しました。アスモデウスの言うとおり、私も日本人なので魔法や魔術は使えないと思われても仕方がありませんね。私がこの力を使えるのは、祖母から教えて頂いたからです」

「お祖母ちゃんから?」

「はい。私の祖母はドイツ人で。魔術師の家系です。その祖母から、天使の力を使えるようにしてもらったのです。無論、私が力を操り易いように多少はアレンジしましたが」

 ひなたは携帯電話を取り出す。昨日、ひなたが『変身』した時に使ったものだ。

「祖母の家系では、遥か昔にこの世の悪と戦う為に天使から力を授かりました。その後もその力を使い続け、授け続けて今に至ります。私が使っている力はその中の一部です」

「授かるって言ったけど、修行とかしたってこと?」

 いつの間にか食べ終わった美月は弁当箱のふたを閉めた。因みに悠は半分位しか食べていない。

「いえ、多少はしましたが。私達の家系は制約を受けることで簡単に授かることが出来るんです」

「制約って?」

 美月と悠の声が重なる。その問いにひなたは顔を赤くした。

「制約を受けた人間は、…子どもを一人しか授かれない体と運命になるんです。多分、天使の力を継ぐ者がむやみやたらに増えないようにするためなんでしょうが…」

 それを聞いて二人は黙り込む。そして後悔した。余計なことを言わせてしまったし、聞いてしまった、と。だがそれをフォローしたのはアスモデウスだった。

「そうまでして、力が欲しい理由がキミにはあったんじゃないかな?戦うだけの理由が」

 アスモデウスの言葉を聞いた三人は一斉に携帯電話の方へ目を向けた。そんなことなど無視して、アスモデウスは話を続ける。

「キミは親からではなく、お祖母さんから授かったと言ったね。代々力を受け継ぐ家系であるにも関わらず。キミの親から直接授からなかった、ということはキミの親が授けなかったか、あるいはそもそもキミの親がその力を持っていないかだ。…どちらにせよ、そんな環境下でありながら、力を祖母から授かったという ことはキミ自身が求めたからじゃないか?」

 まるで推理ドラマの刑事か探偵のように推理して喋るアスモデウスに、美月と悠は「おーっ」と拍手をした。

「貴方の言うとおりです。私の親は私が力を引き継ぐのを反対していました。普通の子として暮らして欲しいと願っていましたから。でも、私は力が欲しかったんです。」

「どうして?」

「それは、言えません。…恥ずかしいですから」

 自分の運命を変えてまでして力を得たのに、その理由が恥ずかしいモノとは三人とも思えなかった。が、本人が言いたがらないのであれば、聞くまいと三人は追及しなかった。

-キーン、コーン、カーン、コーン-

 昼休み終了のチャイムが鳴り響く。ひなたは点けていたパソコンの電源を切った。

「続きは、また放課後にでも」

「そうしよっか」

 美月は携帯電話をしまった。アスモデウスが「まだ聞きたいことがある」とのた打ち回っていたが、無視して三人は生徒会室を出た。