Chapter1.1「天導 ひなた」
一日の授業が終わり、美月は大きく体を伸ばした。帰り支度をすると、悠の元へと向かう。
「悠、帰ろ」
「うん。ねぇ、朝のアルバイト許可証のことだけど」
「あぁ、委員長が出してくれただろ?」
「じゃなくて」
悠は一枚の紙を美月に突きつける。それは今朝美月が書いた書類と全く同じだった。何が言いたいのか理解出来ずに書類を覗き続ける美月だった。やがて大きく太く書かれている文字に目が行き、硬直した。書類を奪い取り、改めて間近で見直すがそこに書かれている事実に変わりはなかった。
「って、提出期限過ぎてるし!」
「…やっぱり、忘れてたのね。気になって他のクラスで余らせてた書類を借りてきたんだけど」
「でも、委員長何も言ってなかったけど?」
「言わなかったんでしょ?…多分、代わりに先生に怒られてれるんじゃない?」
そんなやり取りをしていると、丁度委員長こと、ひなたが教室に入ってくる。鞄を持ち、帰り支度を始めたので、慌てて美月はひなたの元に向かう。
「委員長!」
「?…神薙さん。どうかしましたか?」
「ちょっと話がある!」
もの凄い剣幕で寄ってくるので、ひなたは一応睨み返したが、すぐにやめて溜め息混じりに言葉を返す。
「用件は?」
「今朝のアルバイト許可証のことだけど」
「一時限目終了後に提出しました、以上です」
と言い、帰り支度の続きをするひなた。軽くあしらわれた気がしなくもなく、美月は若干の苛立ちと共に更に質問をする。
「アタシ、提出期限切れてるって知らなくてさ。…先生に怒られたんじゃない?」
「…貴女の気にすることではありません」
その答えは肯定だとみなし、美月は更に苛立った。彼女は借りを作るのは大嫌いだし、自分の知らないところで自分のことが解決していることが更に納得いかなかった。
「いーや、気にする。とにかくお礼か、お詫びくらいはする」
「そう思うなら、次回からは気をつけてください。それで結構です」
正論で返される美月。無論、その通りだ。そうするのが一番の解決方法であることは美月にも理解できていた。だが、それでは我慢がならなかった。さんざん考えた挙句、出た答えは、
「…委員長、ケーキ好き?」
「は?嫌いではありませんが…」
「よし、決まり。おごってあげる。好きなだけ食べて」
何を勝手に決めているのだ、と反論したいところだったが、有無を言わず美月が引っ張るので、観念してついて行くしかないと判断し、ひなたは黙った。そんなやり取りを静かに見守っていた悠だったが、流石にこれ以上置いていかれる訳にはいかないと感じ、慌てて二人についていった。提出期限のことを言わなけれ ば良かった、と少し後悔をしながら。
美月の案内で辿り着いた喫茶店に、ひなたと悠を含めた三人は入る。因みにこの喫茶店に辿り着くまで電車で三駅分揺られ、バスで二十分という道程を歩んだわけだが、ひなたも悠も美月がそれで納得するなら何も言うまい、と黙っていた。席に着き、三人はそれぞれ注文すると、顔を見つめ黙ってしまう。周りから見 れば女子高生三人が寄り道しているようにしか見えないが(実際そうなのだが)、ひなたは二人と特別仲が良い訳ではないし、二人からも、もちろんなかった。
黙ったままでは不味いと感じ、会話を探す三人。最初に口を開いたのはひなただった。少し俯き、照れながら言葉を紡ぐ。
「ほ、本当に気にしないでください。少し先生の小言に付き合わされただけですから」
「い、いや、こっちこそ無理矢理付き合ってもらって」
と言い再び黙り込んでしまう。仕方なく悠が、
「と、取り敢えず自己紹介しておく?…って、天導さんがクラスの人間を知らないわけないか」
「はい。神薙美月さんと久地悠さんですね。…久地さんの歌はいつも聞いています」
そう言うと、ひなたは鞄からCDアルバムを取り出した。それは悠が今まで出したCDアルバムで、しかもその中には、
「…昨日私が初めて出したアルバムまで持ってる」
…だった。悠は流石に驚いた。まさか自分の歌を聞いてくれているだけでなく、CDアルバムを持っていてくれている人間がクラスメート、しかも委員長が持っているとは思いにもよらなかったからだ。
「意外な一面だな。因みに、委員長としては悠の路上ライブは校則違反とか指摘しなくていいの?」
と冗談で聞いてみたつもりが、ひなたは軽く咳払いをして真面目な顔になり、
「いえ、校則では学校外に関する行動で規制するものは特にありません。唯一『天海高校の生徒として、慎ましくあるべし』とありますが、その文面で久地さんの行動を縛ることは出来ないと考えられます。ましてや、久地さんは天海市では良い意味で有名です。となれば天海高校の生徒として良い宣伝にもなる訳ですか ら。学校側としてもマイナス要因ではないはずです。…と言うより、彼女の歌がなくなることにより、様々な誹謗中傷で叩かれること可能性を考えれば、止めることは論外でしょう」
と、淀みなく言い切り、美月と悠は何故か拍手してしまった。我に戻り、力説してしまったことを自覚したひなたは耳まで真っ赤にしてしまい俯いてしまう。そんな反応を見て美月と悠は全く同じことを考えてしまった。
(真面目家と照れ屋が同居している…!)
言ってしまうと、どんな反応が返ってくるか怖かったので言わなかったが。美月はひなたに興味を持ち、更に深いことも聞く事にした。
「アタシ委員長と話したことないから、委員長のことよく知らないんだけど、色々聞いても良い?」
「はぁ、構いませんけど」
その答えを聞くと、美月は何から聞くか考え始めるが、そこに悠が水を差した。
「多分天導さんのことを知らないの、学校中探しても美月だけだと思うよ?」
「何で?委員長って有名人なの?」
と、悠ではなくひなたに聞く美月。ひなたは答えにくそうにしていたが、美月がいつまでたっても視線を自分から外さないことに気付き、更にこのままでは悠がその内話し始めそうだったので、観念して口を開いた。
「…私の父は警察官で、階級は警視監です」
「警視、監?」
警視監とは日本で定められた警察官の階級の上から二番目に値する階級である。定員は38名と決まっている。因みに最高階級は警視総監で、これは東京都警察本部、つまり警視庁の本部長の職名に当たる。そして二番目の階級が受け持つ仕事は、
「地方県警の本部長。…ひらたく言えば最高責任者ですね」
そう解説され、美月は硬直し、言葉を失った。つまりそれは、目の前に居る少女が一つの県とは言え、警察のトップに立つ者の娘ということなのだから。
「因みに母は弁護士の端くれです。『天導あかり』と言う名ですが」
その名は美月も知っていた。ニュースで事件の解説者として良く出演していることに覚えはあるし、バラエティ番組などで芸能人相手に『よく分かる法律』だか、なんだかの題目で法律等を説明している姿も見たことはある。いずれにせよ何度かテレビで見たことがある弁護士だった。
しかも天導あかりは『裁きは受けるべき人間こそ受けるもの』というキャッチコピーで知られている。相応の罰を受けるべき人間は弁護をすることは絶対になく、逆に救われるべき人間は全力を挙げて弁護をし、何度も無罪を勝ち取っていることでも有名だった。噂では無償に近い額で弁護をしたことも幾つかある、と いう。
「美月って、やっぱり時々ひどいよね」
「いや、悪かった!まさか委員長がそんなやんごとなきお方とは露知らず!」
「…言葉が変ですよ」
届いた注文の紅茶を飲み、皿に置きなおす。ひなたの事実を知ったからか、その姿はどこか優雅だった。
「それに気にして欲しくはないんです。この『肩書き』のせいで、みんな腫れ物を触るようですし、今朝も先生は少し小言を言っただけで、それ以上何も言えなかったですし」
溜め息をつくと、それを隠すように慌てて紅茶をもう一口ふくむひなた。
「そっか、なら気にしないようにするよ。普通に接したら良いんでしょ?」
「え、ええ。そうして頂ければ」
「美月の普通は普通じゃないでしょ?もう少し女の子らしくするべきだと思う」
それに対し美月は反論しようとするが、それより前にひなたが小さく笑った。
「それに関しては同感ですね。神薙さんは少し言動が荒々しいです」
と言われ、反論しようとするが、よい反撃方法が見つからず、黙り込んでしまう。美月はようやく届いたケーキにフォークを入れようとするが一瞬手が止まる。先程の指摘を真に受けた美月は、散々ケーキと睨めっこした後、いつもなら大雑把に切ってそのまま口に運ぶところを、敢えて自分の口より一回り小さく切っ てから渋々と口に運ぶ。美月の好物の甘いものを食べているはずなのに、何故か不味いものを食べているかのような表情をしており、ひなたと悠はその反応を見てつい笑い声を漏らしてしまう。そんな二人を無視して美月は最後までその食べ方を貫いた。
一日の授業が終わり、美月は大きく体を伸ばした。帰り支度をすると、悠の元へと向かう。
「悠、帰ろ」
「うん。ねぇ、朝のアルバイト許可証のことだけど」
「あぁ、委員長が出してくれただろ?」
「じゃなくて」
悠は一枚の紙を美月に突きつける。それは今朝美月が書いた書類と全く同じだった。何が言いたいのか理解出来ずに書類を覗き続ける美月だった。やがて大きく太く書かれている文字に目が行き、硬直した。書類を奪い取り、改めて間近で見直すがそこに書かれている事実に変わりはなかった。
「って、提出期限過ぎてるし!」
「…やっぱり、忘れてたのね。気になって他のクラスで余らせてた書類を借りてきたんだけど」
「でも、委員長何も言ってなかったけど?」
「言わなかったんでしょ?…多分、代わりに先生に怒られてれるんじゃない?」
そんなやり取りをしていると、丁度委員長こと、ひなたが教室に入ってくる。鞄を持ち、帰り支度を始めたので、慌てて美月はひなたの元に向かう。
「委員長!」
「?…神薙さん。どうかしましたか?」
「ちょっと話がある!」
もの凄い剣幕で寄ってくるので、ひなたは一応睨み返したが、すぐにやめて溜め息混じりに言葉を返す。
「用件は?」
「今朝のアルバイト許可証のことだけど」
「一時限目終了後に提出しました、以上です」
と言い、帰り支度の続きをするひなた。軽くあしらわれた気がしなくもなく、美月は若干の苛立ちと共に更に質問をする。
「アタシ、提出期限切れてるって知らなくてさ。…先生に怒られたんじゃない?」
「…貴女の気にすることではありません」
その答えは肯定だとみなし、美月は更に苛立った。彼女は借りを作るのは大嫌いだし、自分の知らないところで自分のことが解決していることが更に納得いかなかった。
「いーや、気にする。とにかくお礼か、お詫びくらいはする」
「そう思うなら、次回からは気をつけてください。それで結構です」
正論で返される美月。無論、その通りだ。そうするのが一番の解決方法であることは美月にも理解できていた。だが、それでは我慢がならなかった。さんざん考えた挙句、出た答えは、
「…委員長、ケーキ好き?」
「は?嫌いではありませんが…」
「よし、決まり。おごってあげる。好きなだけ食べて」
何を勝手に決めているのだ、と反論したいところだったが、有無を言わず美月が引っ張るので、観念してついて行くしかないと判断し、ひなたは黙った。そんなやり取りを静かに見守っていた悠だったが、流石にこれ以上置いていかれる訳にはいかないと感じ、慌てて二人についていった。提出期限のことを言わなけれ ば良かった、と少し後悔をしながら。
美月の案内で辿り着いた喫茶店に、ひなたと悠を含めた三人は入る。因みにこの喫茶店に辿り着くまで電車で三駅分揺られ、バスで二十分という道程を歩んだわけだが、ひなたも悠も美月がそれで納得するなら何も言うまい、と黙っていた。席に着き、三人はそれぞれ注文すると、顔を見つめ黙ってしまう。周りから見 れば女子高生三人が寄り道しているようにしか見えないが(実際そうなのだが)、ひなたは二人と特別仲が良い訳ではないし、二人からも、もちろんなかった。
黙ったままでは不味いと感じ、会話を探す三人。最初に口を開いたのはひなただった。少し俯き、照れながら言葉を紡ぐ。
「ほ、本当に気にしないでください。少し先生の小言に付き合わされただけですから」
「い、いや、こっちこそ無理矢理付き合ってもらって」
と言い再び黙り込んでしまう。仕方なく悠が、
「と、取り敢えず自己紹介しておく?…って、天導さんがクラスの人間を知らないわけないか」
「はい。神薙美月さんと久地悠さんですね。…久地さんの歌はいつも聞いています」
そう言うと、ひなたは鞄からCDアルバムを取り出した。それは悠が今まで出したCDアルバムで、しかもその中には、
「…昨日私が初めて出したアルバムまで持ってる」
…だった。悠は流石に驚いた。まさか自分の歌を聞いてくれているだけでなく、CDアルバムを持っていてくれている人間がクラスメート、しかも委員長が持っているとは思いにもよらなかったからだ。
「意外な一面だな。因みに、委員長としては悠の路上ライブは校則違反とか指摘しなくていいの?」
と冗談で聞いてみたつもりが、ひなたは軽く咳払いをして真面目な顔になり、
「いえ、校則では学校外に関する行動で規制するものは特にありません。唯一『天海高校の生徒として、慎ましくあるべし』とありますが、その文面で久地さんの行動を縛ることは出来ないと考えられます。ましてや、久地さんは天海市では良い意味で有名です。となれば天海高校の生徒として良い宣伝にもなる訳ですか ら。学校側としてもマイナス要因ではないはずです。…と言うより、彼女の歌がなくなることにより、様々な誹謗中傷で叩かれること可能性を考えれば、止めることは論外でしょう」
と、淀みなく言い切り、美月と悠は何故か拍手してしまった。我に戻り、力説してしまったことを自覚したひなたは耳まで真っ赤にしてしまい俯いてしまう。そんな反応を見て美月と悠は全く同じことを考えてしまった。
(真面目家と照れ屋が同居している…!)
言ってしまうと、どんな反応が返ってくるか怖かったので言わなかったが。美月はひなたに興味を持ち、更に深いことも聞く事にした。
「アタシ委員長と話したことないから、委員長のことよく知らないんだけど、色々聞いても良い?」
「はぁ、構いませんけど」
その答えを聞くと、美月は何から聞くか考え始めるが、そこに悠が水を差した。
「多分天導さんのことを知らないの、学校中探しても美月だけだと思うよ?」
「何で?委員長って有名人なの?」
と、悠ではなくひなたに聞く美月。ひなたは答えにくそうにしていたが、美月がいつまでたっても視線を自分から外さないことに気付き、更にこのままでは悠がその内話し始めそうだったので、観念して口を開いた。
「…私の父は警察官で、階級は警視監です」
「警視、監?」
警視監とは日本で定められた警察官の階級の上から二番目に値する階級である。定員は38名と決まっている。因みに最高階級は警視総監で、これは東京都警察本部、つまり警視庁の本部長の職名に当たる。そして二番目の階級が受け持つ仕事は、
「地方県警の本部長。…ひらたく言えば最高責任者ですね」
そう解説され、美月は硬直し、言葉を失った。つまりそれは、目の前に居る少女が一つの県とは言え、警察のトップに立つ者の娘ということなのだから。
「因みに母は弁護士の端くれです。『天導あかり』と言う名ですが」
その名は美月も知っていた。ニュースで事件の解説者として良く出演していることに覚えはあるし、バラエティ番組などで芸能人相手に『よく分かる法律』だか、なんだかの題目で法律等を説明している姿も見たことはある。いずれにせよ何度かテレビで見たことがある弁護士だった。
しかも天導あかりは『裁きは受けるべき人間こそ受けるもの』というキャッチコピーで知られている。相応の罰を受けるべき人間は弁護をすることは絶対になく、逆に救われるべき人間は全力を挙げて弁護をし、何度も無罪を勝ち取っていることでも有名だった。噂では無償に近い額で弁護をしたことも幾つかある、と いう。
「美月って、やっぱり時々ひどいよね」
「いや、悪かった!まさか委員長がそんなやんごとなきお方とは露知らず!」
「…言葉が変ですよ」
届いた注文の紅茶を飲み、皿に置きなおす。ひなたの事実を知ったからか、その姿はどこか優雅だった。
「それに気にして欲しくはないんです。この『肩書き』のせいで、みんな腫れ物を触るようですし、今朝も先生は少し小言を言っただけで、それ以上何も言えなかったですし」
溜め息をつくと、それを隠すように慌てて紅茶をもう一口ふくむひなた。
「そっか、なら気にしないようにするよ。普通に接したら良いんでしょ?」
「え、ええ。そうして頂ければ」
「美月の普通は普通じゃないでしょ?もう少し女の子らしくするべきだと思う」
それに対し美月は反論しようとするが、それより前にひなたが小さく笑った。
「それに関しては同感ですね。神薙さんは少し言動が荒々しいです」
と言われ、反論しようとするが、よい反撃方法が見つからず、黙り込んでしまう。美月はようやく届いたケーキにフォークを入れようとするが一瞬手が止まる。先程の指摘を真に受けた美月は、散々ケーキと睨めっこした後、いつもなら大雑把に切ってそのまま口に運ぶところを、敢えて自分の口より一回り小さく切っ てから渋々と口に運ぶ。美月の好物の甘いものを食べているはずなのに、何故か不味いものを食べているかのような表情をしており、ひなたと悠はその反応を見てつい笑い声を漏らしてしまう。そんな二人を無視して美月は最後までその食べ方を貫いた。