Chapter10.0「新しい朝」


 朝になり、美月は前日の予告通り爆睡していた。死んだように眠っている。悠は試しに指でつつくが、全く反応が返ってこない。覚悟はしていたが、悠もまさかここまで見事に眠るとは予想していなかった。大きく溜め息をついた後、ギターを取り出し、美月の耳元で一気に弾いた。

「っっ!?」

 美月は飛び上がり、壁に逃げた。何が起きたのか全然把握出来ていなかった。

「おはよ、起きた?」

「う、うん起きた」

「朝ご飯出来てるよ」

 そう言うと悠はリビングに向かい、美月もついていった。頭が酷く痛むのは気のせいではないだろう。リビングに行くと、ご飯に大根の味噌汁、目玉焼きに野菜炒め、と和食尽くしだった。ついでに言えば美月はどれも作れる自信がない。何せご飯を炊くのも満足に出来ないのだ。

「いただきます」

「…いただきます」

 2人はご飯を食べ始める。美月はテレビを点け、ニュースを見る。当たり前だが、連続殺人鬼による新しい被害者は出ていなかった。無論、これからも出ないだろう。

「美月、昨日のことだけど…」

「あ、あぁ。何から話したら良いかな?」

 やはり聞かれたか、と構えるが。いざ話すとなると、何から話せば良いのか分からず、言葉に詰まった。

「今じゃなくても良いの。…少しずつ教えてくれたら良いから」

「う、うん」

 取り敢えず自分の中で答え方をまとめてから話そうと考え、美月は再び箸を進める。2人の間で沈黙が流れ、その沈黙は食事が終わるまで続いた。悠は食器を片付け、洗い始める。美月も手伝おうと思ったが、

「洗い場に2人も居たら狭いよ」

 と一蹴され、渋々とリビングに戻った。洗い場から悠の歌声が聞こえてくる。美月の好きな『in the sky』だった。

「…何から話すべきか」

 と悩んでいたら、

「取り敢えず僕のことを説明しないと話にくいんじゃない?」

「いや、その説明が難しいんだってば」

 アスモデウスが話しかけてくるが、一番説明が難しいのはコイツなのだ、と頭を抱える。

「…そう言えば、美月との約束は果たせたね」

「それもそうだな。アイツは倒せたんだし」

 美月の約束は復讐を果たすことだった。だが、気分はあまり晴れていなかった。洗い場にいる悠に視線が行く。

「アスモデウスの敵は、いっぱい手下を作ったんだよね」

 ならば、これからも戦いは続く。悠にも危険は迫るだろう。

「悠を守る為にも強くならないと…」

 そう心に誓う。そんな美月にアスモデウスが話しかける。

「…お互いの約束がある方が、力は強くなるよ。経験上ね」

「そうなの?」

「うん。で、約束を果たした後でも追加するのは別に構わないよ?…どうする?」

 悠が視線に気付き、一瞬だけ振り向くと笑顔を見せた。その笑顔がやはり美月は好きで、

「アタシはあの笑顔を守りたい…」

 自然とそれが口に出ていた。そしてそれが自分の本心なのだな、と素直に受け止めた。

「アタシ、悠のことが好きだよ。…多分、自分の命以上に大事だと思ってる。だから、これからもアイツを守りたい。そのために、力を貸してくれる?」

「あぁ、構わないよ」

 2人がそんなやり取りをしていると、悠が洗い場から出てくる。美月の隣に座り、そして開口一番に、

「ありがとう」

 と言った。一瞬、先ほどの会話が聞かれたのかと焦る美月。だが悠の『ありがとう』はそれに対してではなかった。

「昨日は守ってくれて。…多分、昨日以外にも守ってくれてたんだよね。だから、ありがとう」

「あ、うん」

 まさか感謝の言葉を聞けると思っていなかったので、美月は不思議な気持ちになった。だが悪い気分でもなかった。

「でも美月、無理だけは駄目だよ?」

「分かってる」

「あと、私に出来ることがあったら、何でも言ってね。…美月だけに戦わせるのって、何か嫌だから。私、美月の為に何でもするから」

 その言葉に美月は、本当に強いのだな、と改めて確信した。だが、そんなことは言うつもりはなかった。言えばなんて返ってくるか分からなかったからだ。その代わりに、

「…アタシの為に何でもしてくれる?」

「う、うん」

「なら、遠慮なく」

 と言って、悠の膝に自分の頭を置いて横になった。…膝枕だった。

「ちょ、美月!?」

「本当に疲れたんだ、寝足りない。…これからもこんなことあるかもしれないから、そのつもりでよろしく」

 いつも通りの、困ったような、照れたような、ぎこちない笑顔で話す美月。困っているのはこっちだというのに、と悠は思ったが、向こうがいつも通りの笑顔なのだから、仕方なく、

「はいはい、美月は甘えん坊ね」

 と、悠もいつも通りの満面の笑顔を見せた。

「…それで良いよ、別に」

 悠のいつも通りの笑顔を見れた美月は、

(取り敢えずいつも通りの日常になりそうだ)

 と安心して、悠の膝枕の上で眠り始めた。
 しばらくはいつも通りが続けばいいな、と少し祈りを込めて…。