Chapter0.8「紫の夜」


 天海公園。美月は目の前にいる敵をじっと見つめていた。…と言っても、勝負は既に終わっており、相手に戦う力も意思も残っていなかった。

「手こずらせて…」

 しかし美月が戦っていたのはテュルフィングではない。だが、アスモデウスの倒すべき敵、それに操られている魔物であるらしく、仕方なく美月は戦ったのであった。

「…よく分かったね、コイツがそうだって」

「まぁね。ヤツの匂いがこびりついていたからね」

 目の前にいる敵、それは8本の脚を持つ馬だった。全身が紫で、その身を更に紫の鎧で守っている。

「この気配、アスモデウスか…」

「やぁ、スレイプニル。君ほどの馬がアイツに操られるなんてね」

 馬が喋ったことにも驚いたが、アスモデウスとこの馬、スレイプニルに面識があったことにも驚かされた。

「まぁ、何かあったのかな?」

「オーディン様がヤツに倒されたからな。あの御方がいなければ私は所詮ただの馬に過ぎん」

 アスモデウスの問いに答えるスレイプニル。

「アンタ、アスモデウスの声が聞こえるの?」

 アスモデウスは常に美月の体内、あるいは携帯電話の中にいる。そのため、アスモデウスの声を聞こえる者は今まで居なかった。

「…あぁ、僕が波長を合わせてるんだ。これなら、魔力の持っている相手なら美月以外とも会話出来るよ」

 あっさりと言うアスモデウス。初耳だとつっこみたかったが、そんな空気でもないと感じ、美月は取り敢えず、話を続けた。

「まぁ、いいけどさ。そんなこと。…それで、まずオーディンって誰?」

「あぁ、英霊オーディン。英雄となった勇者は死しても尚、神となり戦い続けるってね。かなりの剣の使い手さ。…まぁ、僕程じゃないけどね」

 アスモデウスの説明にうんうんと頷く美月。取り敢えず納得してくれたと解釈し、アスモデウスはスレイプニルと話を続ける。

「アイツに負けたんだ。オーディン」

「多勢に無勢だったのだ。ヤツはこちら側に来てから、かなりの数の魔物たちを操り、従えている…その中にはそこの少女の探し物もいたが、な」

「…テュルフィングのこと?」

 スレイプニルは頷いた。それが本当ならばテュルフィングも操られていることになる。だからといって美月の復讐心が消えるわけではないが。

「でも、そんなにいっぱい部下がいるんなら、一気に人間滅ぼせば良いのに?」

 自分でも恐ろしいことを言うな、と美月は思ったが、素直な疑問をぶつけた。

「あぁ、多分無理だよ。いくら大勢とはいえ、あのオーディンがただで負ける訳はない。…だろ?」

「うむ、あの御方は全力を出し切り、力尽きた。無傷だったモノは誰一人おらん。無論、ヤツとて同じだ」

「…傷が癒えなければ満足に動けないってことさ」

 オーディンと言う人間(幽霊?)に対し、美月は素直に感心した。ただでさえ、美月はテュルフィングを倒すのにも手こずっているというのに、そのオーディンはそれ以上の数を相手に深手を負わせて動けなくしたというのだから。

「さて、本題だ」

 アスモデウスは美月に言ったのか、スレイプニルに言ったのか、そんなことを口走った。

「美月、コイツは幸か不幸か倒す前に自我を取り戻してヤツの操作から解放された。…コイツを仲間にする気はないか?」

「…え?」

 先ほどまで一応、死闘を繰り広げていた敵だ。素直に頷けるわけがなかった。ましてやそれ以前に、

「仲間に出来るの?」

「スレイプニル次第だけどね。僕と約束を交わした時と同じことをすれば良い」

 美月はスレイプニルを見つめる。馬を直に見たことは無いが、随分穏やかな目をしているのだな、と感じた。まるで敵意を感じられなかった。

「私も、出来ることならばあの御方の敵は討ちたいとは思っている。しかし、先ほど述べた通り主のない私はただの馬だ。ヤツに立ち向かってもまた操られるだけだろう。…私にも新たな主が必要なのだ。願ってもない申し出だ」

 その言葉に美月も敵意をなくした。大切なものを失った者同士、連れ合うのも悪くはないと考えたからだ。

「なら、力を貸してくれる?スレイプニル」

「感謝する美月、私の力がどこまで役に立つかは分からぬが、是非使って欲しい」

 そう言うとスレイプニルが紫の光に包まれた。

「私の約束はオーディン様の仇をとって欲しい、ということだ」

「問題ないよ、アスモデウスと交わした約束と一緒だからね。私の約束は、私の戦いに力を貸して欲しいってことにしておく」

「了解した、我が新しき主よ」

 紫の光は美月へと吸い込まれ、消えていった。美月は自分の体を確認するが、別段変わったところは見当たらなかった。

「…何か変わった?」

「僕の時と一緒さ、呼び出せば力として発現するはずだよ」

「…そっか、一体、どんな力なんだろ」

「試しに呼んでみたら?すごいことになると思うよ?」

 悪戯っぽく言うアスモデウス。しかし気にはなるので、呼んでみることにした。携帯電話を取り出し、キーを入力する。 Eメール
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 sleipnir@devil
 送信
 送信完了と共に、着信音が鳴る。

「…行くよ、スレイプニル」

「承知、我が主よ」

 紫の魔法陣が現れ、そこから出てきたものを見て美月は

「う、うそぉ!?」

 驚きの声を上げた。